タグ:素朴な疑問

ビートたけし ワクチン接種に持論「一番出歩く若い人を優先的に」
早速若い人たちがたけしの言う通りの大合唱。
さて、そもそもワクチンとは何か?ワクチンを打つと感染しないと思っていたの私だけではないはずだ。
コロナワクチンは発症だけでなく感染も予防、わかり始めた効果

ワクチンを打っても感染自体は防げない

まず、ワクチンを打っても感染自体は防げないことが分かっている。
要するに感染しても発症するリスクがかなり軽減されるというのがワクチンである。
コロナウィルスも発症してからは隔離されたりするので、実際は無症状時に感染させ、しかもこの感染力がかなり高いという事が分かっている。
とすると、ワクチンを打っても結局打った本人が発症するリスクを減らせるだけであり、感染力は現状と変わらないことになる。
従って、若者を優先的に打つと感染者数の増加は抑制されるかもしれないが、重症患者の減少には直接的には影響しないことになる。
つまり老人が感染したら今まで通り重症化リスクは変わらない。

コロナワクチンは感染力も弱めるらしい

しかし、この記事によると実際は感染予防効果もあるという。
正確には感染してもいわゆる無症状時のウィルスの量がワクチンを打たない場合と比較してかなり少なくなり、結果として感染力が弱まると言う。

となると、確かに若者に優先的に打ったほうが結果として感染者数は減らせるという考え方も一理ある。

コロナウィルスが問題なのは結局医療崩壊

とは言え、コロナウィルスの根本的な問題はコロナによる重症患者対応の為通常医療が影響を受けてしまうという点にある。
従って、極論すれば重症化しない若者の感染者数よりも重症患者数が問題ということになる。
若者が外出して飲み歩いているが、老人は相対的に大人しくしていると言えるかもしれないが、それでも現状感染者はいるわけである。
確かに若者が感染を拡大させているとするならばまず若者に打ったほうがいいという考えも一理あるが、これは感染初期の段階であればいいが、現状のように感染が拡大してからでは遅いだろう。
特に、日本のように医療関係者や高齢者でさえ遅々としてワクチン接種がすすんでいないのだから、いくら若者を優先させたとしても若者の大半が接種を終わるまでに感染がさらに拡大してしまうに違いない。
20代30代に限ってもほぼすべてに接種を終わるまでに少なくとも月単位の時間がかかるはずだ。
つまり今のワクチン接種の優先目標としては重症患者数をこれ以上増やさないためということになり、そうなるとやはり老人を優先させるという結論に落ち着くものと思われる。
なんつって

以前北朝鮮の違法操業船をなぜ拿捕しないのかという記事を書きましたが、尖閣諸島での中国の公船についてもちょっと調べてみました。
個人的備忘録です。
法的にどうなの? 尖閣周辺に中国公船が侵入&日本漁船を追跡 海保が可能な対応は…

「領海に入ってきてそのまま通り過ぎるだけ」であれば国際法上、何の問題もありません

「通航」は、継続的かつ迅速に行わなければならず、他国の領海内で停船したり錨を降ろしたりすれば、それがやむを得ない場合を除き通航とは見なされません

UNCLOSの25条には「沿岸国は、無害でない通航を防止するため、自国の領海内において必要な措置をとることができる」

なぜ日本は尖閣領海に侵入する中国公船を取り締れないのか?

中国側には尖閣諸島周辺で操業するうえで一定の根拠があるのです

1997年11月に署名された日中漁業協定(2000年6月発効)は「EEZ(排他的経済水域)漁業法適用特例対象海域では、相手国の漁船に対して自国の漁業関係法令は適用されず、」として、北緯27度以南の日本の排他的経済水域について決着を棚上げしているからです

この海域では日中両国の漁船は自国の法律に従って行動することができますし、政府の船も自国の漁船を取り締まる名目で行動することができるのです。ただし、主権に関わるということもあって、尖閣諸島と領海は適用から除外されており、それを取り囲むように「棚上げ海域」が広がっているのです。中国の公船が日本漁船を追い回したのは、尖閣諸島寄りの「棚上げ」から外れた海域で、中国側は自国の領海だと主張していたことになります。

国連海洋法条約は、「国が所有または運航する船舶で政府の非商業的役務にのみ使用されるもの」に軍艦なみの治外法権を与えています。この種の「公船」が領海内の無害通航に関する規則に違反しても、沿岸国は退去を要求し、損害があったとき船の所属国に賠償を求めることしかできません。

日本が領海警備の根拠法としている「領海等における外国船舶の航行に関する法律」(2008年)も国連海洋法条約に準拠し、「公船」を適用除外としています。そんな日本と比べると、中国は国連海洋法条約を批准したうえに、「領海および接続水域法」(1992年、以下、領海法)を制定し、国の安全と海洋権益を守る姿勢を明確にしています。許可なく中国領海を侵犯した外国船に対して強制措置を講じる場合の根拠法でもあります。

最初の記事を読むと、なんと国際法的に中国のやっている事は合法的な部分もあるらしいことが分かる。
しかし、2番目の記事を読むとちょっとニュアンスが異なる。
北朝鮮の違法操業でもそうだが、どうやらEEZが曖昧らしい・・・(笑)。お得意の面倒な事は棚上げ、先送り政治。
とは言え、自国の法的整備を行うと取り締まれるようではある。だから中国は海警法とか国内法を整備していたということらしい。
しかし、国内法を整備すればなんとでもなるような話でもないはずだ。
中国海警法への日本の対応は国際法違反の恐れ~九段線より独善的
上記の記事では国際法や中国および日本の法律などを細かく検証して日本の対応を批判するというお決まりのパターンだが、最後は法律論では、尖閣を中国の奪還作戦から守れないと締めくくられていて今までの話はなんだったのかと(笑)
この記事で気になるのはいかにも法律論で論理的なように見えるのだが、中国の行動に対して日本が国内法で対処するのは国際法に違反しているという点である。
そもそも中国の海警法も国内法である。中国が国内法に基づいて行動し、それに対して日本が国内法で対処するのはおかしいという理屈がイマイチ腑に落ちない。
結論から言えば、どんなに国内法を整備したところでその運用が腰砕けなら意味が半減するというものだ。
自衛隊の防衛出動のハードルを下げるべき、というのはもっともだが、いかに下げたところで出動しないだろうと諸外国から高をくくられれば意味がないのと同じである。
そもそも中国の海警法自体に問題が多い。国内法を整備すればなんでもかんでも可能になるならどこの国でもやるだろう。しかしそれをやらないのは国際的に批判を浴びかねないからである。
中国の海警法に対抗し「法の支配」を実現するには

国際法上の問題点
「中国が管轄するその他の海域」に議論があり無定義としたのであろうが、適用範囲が不明確な法律などお目にかかったことがない。そこに武器の使用を含む、細かな規定を作ってしまったのである
外国軍艦等に対する強制措置をとることができる旨の規定(第21条)も物議をかもしている。
管轄権の強い領海においてさえも外国軍艦に対し行使できるのは退去要請までである
管轄権を主張する国が、公海以外の海域において外国軍艦や公船に対し、どこまで行動できるのか、どのような管轄権を行使できるのか、中国海警法の規定は、われわれの国際法解釈から逸脱している。

確かに中国の国際法秩序への挑戦的行為に対して日本が国内法で国際法を逸脱してしまうような行為を許容してしまうとそれは中国と同じような事をしてしまうことになり、中国の行為を合法的と認めてしまう事にもなりかねない。

さて、尖閣諸島において日本が中国公船に対して強い態度ではのぞめない、いやのぞまないと言ったほうがいいのかもしれないがその理由が分かった。
極論すれば毎日毎日中国の船が尖閣諸島付近を無害通航するぶんにはさせておけ、ということなのだろう。
問題は記事にもあるように中国の船が体当たりをしてきたり、あるいは島に上陸してきた場合どのように対処するかだろう。まず国としてどうするのか明確なビジョンがなければ法律も作りたくても作れない。
なるほど、だから法整備が遅れているんだな(笑)

弱腰ジャパン万歳

https://news.yahoo.co.jp/articles/025559974dae0d2d50f25c2b3b7738d0010f50fa

24日放送のフジテレビ系「とくダネ!」(月~金曜・午前8時)で、過去に番組に出演した俳優のミッキー・ロークが女性ディレクターを膝に乗せて抱きしめる映像を放送した。

このVTRにSNS上では「こんなセクハラ&パワハラ映像を今流すのは大丈夫なのか??」。「これ今ならアウト」。「セクハラよ」といった意見が書き込まれていた

これに対し、日本の良識、一般大衆の正義の声を代弁するヤフコメでは概ね、以前許されていたことを今の価値観で批判するのはどうかという声が多い。
例えば志村けんさんのコントは下ネタセクハラオンパレードだが彼だから許されていたとか、一見すると至極正論である。
しかし、志村けんさんのコントや当時のドリフターズのコントにしろ当時も結構批判があったように思うが(笑)
正直、私個人も志村さんが綺麗な女性タレントに対して結構きわどいことしていてコントにかまけていい思いしやがって、うらやまぴーとか思っていたのだが・・・(笑)
表題のミッキーロークのインタビューもはっきり覚えているが世界的ハリウッド俳優はなにやったって許されるのか?と相当疑問に思っていた。というより、日本人の女性はこんなことされてニコニコ笑っててうれしいのか?と。
ヤフコメでは当時はこういうことが許されていた、などと明言しているが、やられている当の本人がどう思っているかは分からないわけで、確かに本人が良ければそれでいいかもしれない。でもそれは当時だからとか今だからとかではなく、今だって本人同士がよければいい話である。
結局、社会がそういう事を許容していたかどうかになるわけで、だとすると当時は社会がそういうことを許容していたということになる。
そして、今の時代の価値観で当時の状況を批判するのはよくないというのは一見正論だが、批判はともかくとして、当時許されていた事であったとしても今の時代にその映像を放映するのはやはり配慮が必要というのも正論だろう。
当時許されていたから今の時代になんでもかんでも放映していいということにはならない。
そもそも当時からテレビのバラエティー番組に対してPTAがどうのこうのと結構問題になっていたわけで、当時は許されていたって何を基準にして誰がそんなものを決めていたというのだろうか。
海外の有名人が日本の女性インタビュアーを子供みたいに扱う様子は見ていて不快この上ないと思っている男性も昔から多いに違いない。
おっしゃるように当の女性本人が喜んでいるような雰囲気を出してしまうと、外野がとやかく言うものでもない、というふうになってしまうだけだと思う。
昔は今みたいに個人が社会に向けて発信する術がなかったわけで、今は嫌なことは嫌だと、一個人でも発信できるようになって、やっぱりだめだったんだと社会も気づき始めたという事か。


テレビでやっていたので見ましたが、なかなか感動的な作品に仕上がっていました。
が、これはどこからどこまで事実なのか?やはり気になるところですよね。映画は映画として観ればいいですが、現場の職員さんたちを英雄にするというコンセプトであったとしても解せない点がいくつかあるのでちょっと調べてみるだけで色々見えてきますね。
まず解せないのは
そもそも最終的に2号機だか3号機だかが爆発せずに東日本が壊滅せずにすんだのは偶然でしかない
国家的、いや世界的大惨事になるかもしれない事態なのに民間人がコントロールするしかない
地上波初放送 映画『Fukushima50』の事実歪曲とミスリード 地上波初放送 映画『Fukushima50』の事実歪曲とミスリード 門田隆将の原作よりひどい事故責任スリカエ、東電批判の甘さの理由
確かに当時の政権は徹底的に悪者に描かれていますが、どうやら事実ではないことも含まれているようですね。
現場の人たちを英雄にするというのが映画のコンセプトだと思うのですが、やはり事実ではないことを描くのはよくないでしょう。
単なる立場によって見方が異なるという類のものではありません。
映画の中で首相が東電に乗り込んで撤退などあり得ないと激高して言い放つシーンがあります。私はここでよく言った、と思いましたが、映画では東電の社員が、「何言ってんだこいつ、撤退とかするわけない」みたいに言います。
東電の本店は撤退もやむなしみたいな雰囲気だったので現場の社員の声だと思いますが、この声を入れるだけで映画としては首相のこの発言を批判的に捉えていると、見ている人は知らず知らずのうちに感じますよね。
民間人が命がけで国を守ろうとしている、というふうに見るととても感動的なんですが、よくよく考えてみると変な話なわけです。
国レベルの大惨事なのにいち民間企業が対応せざるを得ない。つまり原子力規制委員会だとかたいそうな名前のついた機関がいくつもあるのに事故が起こった時の体制ができていないわけです。
原発が設置許可されるためのロジックとして面白い話があります。
原発をつくるためには当然事故が起きないようにしなければならない。そうすると、仮に事故が起きた場合の想定をすると設置許可が下りない。
だから事故は起きないという前提でつくると。
事故がおきるようなもんはつくらせないから当然できあがっているものは事故が起きない。事故が起きないから事故が起きた時の想定なんかもってのほかである。
映画の冒頭で、電源が喪失したので電源車を持ってくる場面があります、がなんと電圧が違って使い物にならないとかいう笑うに笑えない話があります。
どんなに緻密に事故を起こさないような設計をしても人間のちょっとしたミスで木っ端みじんです。
しかも半径250キロとかなったらどうでしょうか。
でも、今はどうでしょうか?みなさんのど元過ぎればなんとやらが大半でしょう。
あくまでこの映画は現場の社員さんたちを英雄にしたいという事なのでしょうが、もしかすると防げたかもしれない事故で命を危険にさらされたと考えると、そんなに安易に美談にしてもいいものでしょうか。