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サザエさん最終回へのカウントダウン~サザエさんがつまらない

最近サザエさんがつまらない。
とってつけたようなオチ。
中途半端な時代設定。

 

ネタ切れというよりは時事的なネタも昔の時代設定だと使えなかったり色々と制限があるからだろう。
とは言え、ちびまる子ちゃんは今でも爆笑する話が結構ある。おそろしやちびまる子ちゃん・・・
時代劇だってその当時のネタをやるんだから、時代設定が古いから面白くないという理屈にはならない。
従って、単純に話が面白くないということなのだろう。考えてみるとサザエさんの売りってなんだろうか?
そもそもサザエさんって何が面白いのか?そういえば、子供のころサザエさんはまったく見ていなかった。
ということは、もしかすると最近つまらなくなったのではなく、昔からこんな感じだったのかもしれない。
なるほど、そういうことか。
もっとも、「サザエさん」+「つまらない」で検索すると結構ヒットする。

 

いずれにせよ、声優さんも軒並み変わり始めた。看板であるサザエさん、或いはカツオの声が変わるとき、それは訪れるのかもしれない。
なんつって

立ち位置によって変わる正義~傑作の誉れ高いコブラ会を観る

netflixに久しぶりに再入会しました。
評判の高かった「コブラ会」を観るためです。
40代前後の人には懐かしい、あのベスト・キッドの登場人物のその後を描いた作品で当時の登場人物たちが現在の枯れた中年で(笑)登場。
しかも、主人公だったダニエルがそれなりにいけすかない大人になっていたり、逆にあのいじめっ子ジョニーがそれなりに共感を呼びそうな人間として描かれていたり、さらにその子供たち、果ては・・と、まあよくここまで考えられるなというくらい面白い脚本になっています。
個人的にはジョニーの先生が登場したあたりで見るのを一旦やめましたが、この作品を観て一番思ったのは人間はどっちサイドか、あるいはその人の置かれている立場、見る視点によってこうも印象が変わってしまうのかということ。
アフリカのサバンナで弱肉強食の動物の世界のドキュメンタリーなんかでもモロにこういうのが出ますよね。シマウマの親子目線で描かれていたら、ライオンは敵なのは当然で、でもライオンの親子目線で描かれていたらどうでしょうか。
何日も食事をとっていないライオンの子供に食事を与えようとライオンの親がようやく獲物であるシマウマを見つけたにも関わらず逃げられてしまう。さて、あなたはどっち側でしょうか。
コブラ会でも同様。いじめっこ、ヒールだったジョニーが、ダニエルのようなミゲルをこれまた昔のジョニーたちのようなグループから得意の空手で救います。
ダニエルは商売が成功してお金持ち。娘はお金持ちグループの一員として、遊びほうけてジョニーの車にぶつけて逃げ去ります(笑)
さて、ジョニーがミゲルにダニエルとのいきさつを話すシーンがあるのですが、立場によってこうも違った印象をもつのか本当に参考になります。
映画のあらすじなどではだいたいダニエルが不良グループに絡まれるとか、ジョニー達にいやがらせされるなどと書かれています。映画を見ても確かにそういう印象。ダニエルは善でジョニーが悪。
しかしジョニー目線では自分の彼女にちょっかいを出してきた新参者。しかも不意打ちをくらったから仕返しをしただけ。
トイレではいきなり水をぶっかけられたり。最終的には自分の彼女をとられる始末。
これだけ聞くと確かにダニエルって嫌な奴と思ってしまうかもしれません。
コブラ会ではジョニー、及びミゲルのほうに感情移入する人が多いと思いますが、いわばミゲルは昔のダニエルなのですが、先生はジョニーなわけです。
ミゲルは当時のダニエルのような存在だったにも関わらずいつの間にかジョニーのような言動をとるようになってしまいます。
とはいえ、我々視聴者はミゲル目線で見ていますからダニエルとジョニーが当時砂浜で対峙したような場面にミゲルが置かれたとき、ミゲルがジョニーのような態度をとってしまうのも無理はないと思わされてしまうのです。
この時、人は気づくでしょう。なんと自分の考えは浅はかだったのかと(笑)
さて、話は変わりますがこれと状況はまったくちがいますが、こんなヤフーニュースがありました。

女性運転の車に幅寄せ…停めさせ窓ガラス叩き「降りてこい!」強要未遂容疑で38歳男逮捕「警笛鳴らされ…」
愛知県豊田市で、今年8月、乗用車で幅寄せなどをして隣の車線の車を停車させたうえ、運転していた女性に対し「降りてこい」などと怒鳴ったとして38歳の男が逮捕されました。

コメントは大体想像できるものでしたが、みてみたところほぼ男のほうが悪いという流れです。誰もがこの記事をみたら思うでしょう。
もはやクラクションを鳴らされた理由などはどうでもいい話です。
でも逆に自分だったらどうでしょうか?身に覚えがないのにクラクションを鳴らされる。一度や二度ならまだしも何十秒も鳴らし続ける人だっていますよね。
確かにクラクションを鳴らすにはそれなりの理由があるでしょうが、それも勘違い、誤解だったりするかもしれません。
煽られる側にも問題あり? 相手をイラっとさせる運転パターン8つ
私も下手すると煽り運転、或いは強要罪で逮捕されていたかもしれません(笑)→あおり運転に敏感になり過ぎて逆にトラブルになっているのでは問題

 

人それぞれ言い分があるでしょう。そしてそれをいちいち聞いていたら収拾がつかない部分もあるでしょう。
問題は具体的状況も知らずにイメージだけで一方に加担してしまう点でしょう。
ある意味、人間って常にバイアスをかけて物事を見ているということかもしれませんね。
私も含めて。
なんつって

法政大学通信教育部の入学許可通知がレターパックできた件

法政大学の通信教育部に入学が許可されたようだ。
ちなみに合格ではなく許可である。この点、事実上入学試験というものがなく、書類審査であるから合格という表現を避けているのだろう。
従って、不合格はなく、あるとしたら不許可である。
この点ネットで不合格はあるのか?という質問に対して不合格はあり得ないという回答があるが、質問者の趣旨としては入学できない事があるのかという趣旨であろう。言葉尻だけをとらえて人をまるでバカにするような発言をする人が多い。

 

これで恐らく3度目の復籍になるはずである。もう忘れてしまった。最初に入学したのはもう20年以上前である。
卒業までに必要な単位は34単位。確か卒論が必須ではなくなり、その代わり4単位とるようになっていたと思うのでそこらへんで卒業所要単位が前後するかもしれない。
法政大学の通信の場合、地方スクーリングも行われているが以前は実質的には東京で受けなければとてもじゃないが卒業できなかった。
今はメディアスクーリングというオンラインで受けられるスクーリングもあり、その点地方在住者にとってはかなり卒業しやすくなったと言っていいだろう。
さらに、コロナの影響か東京まで行かなければ受けられなかった冬季スクーリングもオンラインで受けるようになっているようで、これも地方在住者にとっては朗報である。今後、このようになっていけばもはやスクーリングの意味も変わってくるだろう。実際、今でもオンラインだけで卒業できる通信制大学もあるわけだし、一般の大学であってもオンライン授業が増えていくだろう。
とは言え、実際に大学まで通学し、教室で授業を受け、人と人が直接触れ合うことはやはり重要だろう。
もっとも、コロナの影響による社会変化は私にとっては万々歳なものが多い。

婚姻届けの押印廃止報道に見えるフジテレビの報道番組の認識の低さ

フジテレビのニュース番組は極力見ないようにしているが、本日チャンネルを変えるのを忘れて思わずながら見をしてしまった。
話題は婚姻届けに関して押印を廃止する件である。
そもそも既に制度上押印は必ずしも必要ではないという。自治体にこの点についてコメントを求めていたが、そもそも押印が必要だと思っている(届を出す人が)のでは?とかニーズがない、などの頓珍漢なコメントをしている公務員の方たち。
さて、番組ではMCやコメンテーターの方が、海外の例などを見てコメントをしていた。
海外の例では簡単にオンラインで離婚届が出せることから離婚率が増加したらしい。
これを受けて、やはり紙に実際書いて、押印をするなど手間暇をかけて熟考する時間があるほうがいいのではないかとか、あるいは本人確認できないじゃないかなどの意見が出ていた。
いや、いや(笑)紙に書く前に熟考しなさいよ(笑)もはや押印の問題じゃないし。
本人確認はどうするのか?それはオンライン申請の問題であり、この押印廃止は紙ベースであっても押印を廃止するという話だろう。
つまり、テーマが押印廃止について、ではなく婚姻届けや離婚届のオンライン申請に変わっているようだ。
勿論ゆくゆくはオンライン化をはかっていくのだから別にそれはそれで構わないが、視聴者はまるで押印廃止自体がよくないかのような印象を持つだろう。
押印を廃止しても熟考するかどうかは個人の問題だし、本人確認はするに決まっているだろう(もちろんザルかもしれないが(笑))

 

婚姻届けを提出する際は顔写真つきの身分証明書で本人確認が行われている。となると本人の印鑑がなぜ必要なのか?しかもその印鑑も実印である必要はない。他人が勝手に届を出すかもといった意見もあったが、押印をすることがその防止に役立っているとはとても思えないのだが。

 

NHKニュースでは、巷の人のインタビューでは楽になっていいなど概ね賛成意見を紹介しつつ、やはり結婚した実感が湧かないかもといった否定意見もあった。また、ハンコを作る業者さんも紹介していた。

 

報道の仕方だけでこうも印象が変わってしまう。
怖いものである。

gem forexのスワップサヤ取りはアービトラージではない

FXのスワップのサヤ取りをやっている方も多いかもしれません。
スワップサヤ取りって何かって?要は両建てして為替損益を相殺してスワップだけもらうってやつです。
そんなことできるかって?さすがに同一業者ではありませんが、別々の業者を組み合わせてスワップが頂けるような組み合わせを探すわけです。
そこで、私も使っていたGEM FOREXはなんとこれができちゃうんですね。同一業者内で。
しかし、これ、落とし穴があるんですね。
まず両建てにするから損益相殺とは言え、一気に上昇したり下落した場合に片方だけロスカットされるリスクがありますよね。なので証拠金は多めに積んどく必要があります。
また、スワップは変動しますからいつまでおいしい状況が続くか分からない。
さらに、スプレッドも変動する。これは盲点でしょう。国内業者だと固定のところも多いですが、ここはスプレッドが変動し、もともと高いにも関わらずそれがなぜか知らないうちに10倍くらいに開いちゃうんですね。
私は経験したことないから(というかスワップサヤ取りは性に合わないからすぐやめましたけど)具体的にどういう状況なのか分かりませんが、スプレッドが開いたことによりロスカットになることもあるという。Gemforexスワップ運用終了のお知らせ。ゼロカットに至りました
よく読むと10倍どころの話じゃないですね(笑)スプレッドが一気に1ドル以上って何がどうなってるのか分かりませんが、これって恐らくスプレッダー狩りでしょうね。
証拠金多めに積んでたら余計損失が拡大していたわけですから、前言撤回です(笑)
サヤ取りって一見儲かりそうなんですが、一気にドカンとやられちゃうんですよね。
そもそもアービトラージってリスクゼロですが、サヤ取りはリスクありますから。両建てスワップどりをアービトラージのように謳うのはよろしくないでしょう。仮想通貨のアービトラージも実はサヤ取りの場合が多い。
気をつけなはれや!

なぜ?自宅で乱交パーティーで逮捕(笑)AVの撮影は公然猥褻にならない理由

自宅で乱交パーティー、8人逮捕「何年も前から主催」
以前こんな記事書きましたが→乱交パーティーに参加すると公然わいせつで逮捕される論理
まず逮捕容疑をみてみましょう
主催者は「売春防止法違反(周旋)容疑」です。これは有料の会員制にして参加者を募っていたからでしょう。
次に参加者の逮捕容疑です。「公然わいせつ容疑で30~50代の男5人と30代の女2人も現行犯逮捕」となっています。
やはり複数人が集まって性器を見せ合うと密室であっても逮捕されてしまうのが日本という国のようです。このあたりは前記事にも書きましたが。
さて、そうなるとやはりアダルトビデオの撮影はなぜ逮捕されないのか?不思議ですね。
いや、逮捕しろと言っているのではありません。やはり公然の定義が広すぎて、かなり恣意的に運用されているんじゃないかと思うわけです。
もしかするとこういった事案で公然わいせつで逮捕されても処分保留かなんかで起訴されずに釈放されているのかもしれませんが、釈放するからいいって話でもありませんよね。
釈放されちゃうので結果として裁判のなかできちんとした憲法判断もなされないのかもしれませんが。
逮捕されないようにするにはそれこそアダルトビデオの撮影とかにしたほうがよさそうですよね。それでも参加者からお金をとると主催者は逮捕されるので気をつけなはれや!
見たくもないのに見えてしまう場合と、見たいもの同士がお互い納得づくで集まって、かつ、密室で見せ合うのとはやはり全く違うと改めて思う弱小ブロガーでした。

3つの取調室~埼玉愛犬家連続殺人事件に思う

本日、3つの取調室が放送される。これはあの埼玉愛犬家連続殺人事件を題材にしているようだ。
実録犯罪ものである。アメリカの実録犯罪ものは取り調べや法廷のシーンも録画されているので見ごたえがあるがさて本作はどうだろうか?
実はこの埼玉愛犬家連続殺人事件は以前映画にもなっている。

「冷たい熱帯魚」 監督 園子温


冷たい熱帯魚 [DVD]/Happinet(SB)(D)

この映画はあの埼玉愛犬家連続殺人事件の共犯者の手記がもとになっているらしく

映画がかなり面白くてあわせて共犯者の本も読んでみたことがありました。


以下、この埼玉愛犬家連続殺人事件の共犯者とされている人の手記を踏まえて、実際のところのこの事件はどんなものだったのかちょっと記事を書いてみようと思います。

関連の実録本は合計3冊が書籍化されているようですが、既に絶版でアマゾンではプレミアついてたりしていて買えず(そこまでして買いたくない(笑))

しかしなんと図書館においてあったのでした(笑)

悪魔を憐れむ歌/幻冬舎

この事件のこと知らない人は埼玉愛犬家連続殺人事件


ざっくり説明すると
あくどい商売をやっているペットショップ経営者が、クレームを言ってくるような(クレーム言うのは当たり前ですが)客は殺しちゃうという、なんとも単純な話のように見えますが、その殺し方とか、あるいはボディを透明にすればいいとかいって証拠隠滅を図るやり方とか、あるいはこのペットショップ経営者の生きざまなどまで含めるとなんとも興味深い事件なのです。

映画と本を読んだ感想をざっくり言うと


映画では冴えない気の弱い、人生になんの希望もないような中年のおっさんがひょんなことから事件に巻き込まれていくように描かれていますが(要するに本を書いた共犯者ですね)、

本を読んだ印象では、ちょっとした金儲けの話を聞きつけたチンピラが、想像以上のドえらいワルに翻弄され、それでも少し利用してやろうとしてたらドツボにはまっていったという感じでした。


本はどちらかというと被害者意識で書かれているようで

本にはまったく感情移入できませんでした。


尼崎や北九州の悲惨さ、陰湿さ、得体の知れない恐怖感と話を聞いたあとの欝感に比べると

この本の読後感は別な気分の悪さというものがあります。


そもそもこの共犯者は会ったばかりの胡散臭い頭の禿げた歯の抜けた親父の羽振りの良さと口車に乗せられ、月50万でその会社の役員になってしまうことから歯車が狂いはじめます。


映画では娘が万引きして、それがきっかけみたいに描かれていますが

恐らく監督の園子音氏は月50万の役員報酬に引かれる共犯者では観ている者の共感を得られないと思ったのでしょう。まったくその通りだと思う。


映画では確か翌日くらいにはいきなり目の前で人が死んでいく様を見せ付けられ、さらに今まで人のいいおじさんだった主犯役のでんでん氏の態度が豹変、共犯者役の吹越氏を罵倒します。恐怖心とパニック状態から死体遺棄を手伝う羽目になります。


本のほうでも多少違いはありますが似たような状況であれよあれよというまに死体遺棄を手伝うことになるさまが書かれていました。


お前もこうなりたくなかったら、とか家族の事とか、一通りの脅し文句はありますが、そんなに簡単に死体遺棄を手伝ったりしないだろうと誰しもが思うでしょう。

でも、実際に人が殺されている現場を目の当たりにしてるんでその脅し文句の効果は絶大ではないでしょうか?


本人(共犯者)曰く、

「俺は期待可能性という言葉を知った。

逃げようと思えば逃げれたし、警察にだって駆け込めた。でも逃げようという気は一切なかった。

あの恐怖は体験した者にしか絶対に分からない。

裁判所の安全な椅子に腰掛けて他人に勝手な期待をかけるのも結構だが、俺は知っているつもりだ。関根(主犯)に脅されたら、真っ先にあらゆる可能性を投げ出すのは、むしろそういう連中なんだ。」


確かにそうかもしれませんが、

問題はその状況を切り抜けたあとです。その場でもし命令を拒否されたらそれこそ殺されるかもしれないと思いとりあえず手伝ってなんとかその状況は切り抜ける。

しかし、結局この共犯者はそれから全部で4件だったかの死体遺棄を手伝います。

さらには警察が密かに接触してきたりしても協力しようとしない。逃げようと思えば逃げられる状態にありながらもそうしなかったのは共犯者の言う期待可能性がなかったということなのか?

常に家族が何をされるか分からないという恐怖からそうせざるを得ないということらしい。

とは言え、よくよく共犯者の置かれた状況をみてみると、尼崎や北九州の事件と違い、監禁されたり、家族が拉致されたりとかいう状況ではない。

ましてや逃げ出して連れ戻されたりということもない。

つまり一度も逃げようとさえしていない。

電話1本で呼び出され使い走りにさせられ、死体遺棄を手伝う(この間、本によると約束の役員報酬は一切ナシ)

切迫した状況でもないのに、電話1本で呼び出されて、頭の禿げた(何度もすいません(笑))親父が店の若い従業員の女とラブホにしけこむ為の運転手をしてあげる。もし約束の50万という役員報酬を貰っていなかったとしたら、期待可能性がなかったということでそういう役回りを演じていたということになるでしょう。

尼崎や北九州の事件で感じた、被害者兼共犯にさせられていった人達への感情移入が少なくともこの共犯者にはまったく湧いてこなかった。

映画のほうでは(共犯者は)若いエロい嫁と再婚はしたものの、商売もパッとせず、娘も義母に暴力ふるってたりと家庭はうまくいってない

そんな時に、商売は繁盛し、これまた若いエロい嫁をもつ人のいい、そして人生前向きに楽しんで生きている主犯に出会い

男なら誰しも感じる羨望と嫉妬、そして自分への侮蔑

さらに嫁まで、この胡散臭いおやじに寝取られるというある意味この事件の概要だけしか知らない人が描きそうな妄想が映像化されていて感情移入ができる

で実際はどうかというと

主犯の嫁は不細工らしい(笑)

共犯者は既に離婚しているが彼女はいるもよう、と多少設定は違いますが

映画のほうでは吹越演じる共犯者が最終的にブチ切れます。

実際は、この共犯者、警察から接触されたり、張り込みされても警察に逃げ込むどころか最終的には彼女と逃亡します。

確かに別れたとは言え家族がいて、家族に何されるか分からないという理由で服従してたとしても

既に警察がマークし、主犯の周辺も張り込みされてたり、更にはグルだった暴力団幹部まで殺してるもんだから暴力団からも狙われてたりします(そういう意味ではやはり怖い(笑))。

とはいえ、下手したら自分だって殺されかねない、警察にいつ行くの?今でしょ(笑)

そして最終的に逮捕されます。逮捕されてからの警察、あるいは検察とのやり取りを見てると

この共犯者やはり恐怖心からだけで服従していのではないのじゃないかと思わせます。

映画で描かれる悲しき共犯者ではなく、むしろこの状況を何とか利用してやろうとさえ思ったのではないかと。

主犯には物凄くペコペコしているように書かれていますが、唯一の証拠である(なんせボディが透明なので殺人の証拠がない)共犯者の供述証拠を得ようと警察や検察が下手に出ているのをいいことに、定年間近の担当刑事を呼び捨てにし、検事に対しては無理難題をふっかける。

確かに検事が執行猶予はつけると嘘をついて取引したのかもしれないが、それをネタにタバコ吸わせろ、コーヒーだ、自分の弁当と検事の弁当を交換させる(笑)

しまいには調書に署名する代わりに女を呼べ。

すると本当に女を別室に用意され、この検事出世の為なら何でもやるな、と嘯きながら女と宜しくやったにもかかわらず調書には署名しない(笑)。

どこまでが本当なのかは分かりませんが共犯者の人となりが見えてくる話ではあります。

出世の為に土下座までするような検事と主犯を比べたりするんですが

家族のためとは言え、死体遺棄を手伝ったことにより事件の発覚を遅れさせ、結果としてそれから3人の人が死んだ責任に対する反省の言葉や、自己嫌悪の感情は本からはまったく感じる事ができない。

この共犯者に対して感情移入が出来なかったのは、味方のように接してくれていた刑事(多分それも作戦でしょうが)の言葉に集約されているのではないか。

「お前は殺しの片棒を担いだんだ。四件も死体遺棄やって執行猶予なんかつきっこねえんだよ。

不起訴だと?笑わせるな。関根に脅されて仕方なくやりましたと言って世間が納得すると思ってんのか。

お前は何かって言うと自分の気持ちばかり言う。ふた言目には、俺、俺、俺、そればっかりじゃねえか。関根に殺された奴の気持ちはどうなる。」

主犯の嫁も共謀ってことで死刑みたいですけど、冤罪を主張しています。

死体遺棄はやったけど殺人は知らないと。

死体はは全て解体してボディは透明になってるんで証拠らしい証拠がない中

唯一の証拠であるこの共犯者の供述が証拠になって嫁は死刑らしいです。

つまり検察と共犯が取引したんじゃないかということらしいですが。

最高検の岩橋義明公判部長と埼玉愛犬家連続殺人事件

実際、取引してますが(笑)さらに死体遺棄四件で3年で出所らしいです(笑)

共犯者の供述証拠のみで有罪に出来るという刑事訴訟法の規定はやっぱりおかしいんじゃないかということを改めて思わされましたが。

そういえば伊勢谷友介氏がサイコパスではないか?みたいに言われていますが、この埼玉愛犬家連続殺人事件の主犯も完全にサイコパスでしょう。もはや怪物、化け物です。そして世の中こんな化け物が大手を振って通りを歩いている。歩いているだけではなく、むしろいい車を持ちいい家に住み、いい女を嫁に貰っているかもしれない。法に触れるようなことをやらかすサイコパスは雑魚で法に触れず世の中をうまく立ち回るサイコパスは恐らくごまんといるだろう。

VIXショックで大儲けした「謎の投資家50セント」はコロナでも爆儲けか

謎の投資家「50セント」、VIXコールオプションを大量購入か

ウェルズ・ファーゴの株式デリバティブ担当ストラテジスト、Pravit Chintawongvanich氏は、このオプション取引について、大量のVIXオプションを50セント付近で購入することで知られる謎の投資家「50セント」の過去の取引に酷似していると指摘。

この投資家は、昨年夏や2018年2月の株価下落に先立つ数カ月間にも、同様の大口取引を行ったとみられている。

この謎の投資家50セントはVIXショックでそのスジでは有名になったので記憶に新しいのだが、なんとコロナショック前にも同様の取引を行っていたのである。
ここでVIXおよびオプションについて簡単に説明しておくと、VIXはS&P500が暴落したら逆に急上昇する指数のことであり、コールオプションはそれを買える権利のことである。
従ってVIXコールオプションを買うという事はアメリカ市場がゲロ下げすることに賭けていると言ってもいいだろう(勿論ヘッジ目的ということもある)。
この記事の日付は2020年1/29日であり、コロナで市場が荒れたのは2月下旬からである。

2月限のコールオプションを大量に購入した。購入価格は1枚当たり約50セント。

VIXが上昇すれば価値が高まるオプションで、2月下旬までにVIXが22に到達すれば、権利を行使できる。

オプションには期限があるが、VIXの場合実際はウィークリータイプのものあるのでどの期限かは厳密には分からないが基本となる限月であれば満期は2/19日である。2/19日はまだVIXショック前でVIX指数の始値は14.66、終値も14.38なのでこのコールオプションは紙くずとなっている。
が、実は3月限のコールも買っていた可能性が高い。

27日と28日には、少なくとも1人の投資家が3月限のVIXコールオプションを大量に購入。購入価格は57.5セント、59セントだった。VIXが28に到達すれば権利を行使できる。

さて、3月限の満期は3/18日である。最終取引日は前日である。
3/16日のVIX指数はなんと82.69で終了。である。VIXのオプションはVIX指数で清算されるが満期前は先物に連動する。3/16日のVIX先物3月限の終値は72.05である。
権利行使価格28のコールなので少なくとも42.05ドルの価値を持っている。実際はIVが上昇しもっと高いはずだが。少なくとも1枚41ドルは利益となり、VIXオプションは1枚100単位なので4000ドルの利益。
記事には何枚買ったのかの言及がないが、もし「50セント」だとしたら数万枚単位で買っているはずである。仮に1万枚買ったとしてもコストは58万ドルほど。そして利益は4000万ドルを優に超えるだろう。こういう取引は賛否両論だろうが、5年に一度のホームランでも充分な利益となる。
実際は5年に一度どころではなく、わずか2年前にも規模は小さいもののVIX急騰があったのだから文字通り(笑)がとまらないだろう。
「50セント」のVIXトレードが結実-辛抱重ね資産2億ドルに急増
 

先週の市場の混乱に乗じた最大の勝者の中に、VIXオプションに連動するアウト・オブ・ザ・マネー(OTM)を1枚約50セントで買っていた投資家がいる。マクロ・リスク・アドバイザーズ(MRA)のデリバティブ戦略責任者プラビット・チンタウォンバニッチ氏は、「50セント」として知られるこのトレーダーが2017年初めからの一連の取引で計2億ドル(217億円)近くまで資産を増やしたと推定する。ひと月で4億ドル相当振れた恩恵を受けたという。

上記の記事は2018年2月であり、その時点で2億ドルは儲かったと推定されている。毎月100万ドル分くらい買い続けても痛くもかゆくもないだろう。
とはいえ、一般人には真似のできないやり方である。なんせ勝率が物凄く悪いから毎月毎月損を積み上げていくからである。
もっとも、毎月宝くじやtotoを買う人もいるくらいであるから、少額ずつVIXのコールを買うのも悪くないかもしれない。

ミッドサマーを見て美しいと感じた人は洗脳されやすい人かもしれない


この映画、賛否両論あるようで、確かにそう頷ける。
様々な考察がなされているようだが私がそんなことをしても誰もどうせ読まないから意味はない。
私はこの映画を見て白を基調として美しいなどと感じたことはまったくなかった。
最初から気持ち悪さしかなかった。
主人公のダニーもそうだし、演出方法もあざとさ全開。
あの村を最初に見た時もなんだか気持ち悪い。違和感。
ここまで事前情報なし。あまりにも感じた違和感を解消するために検索をしてみた。
ま、そもそも人間社会自体に違和感を感じているから猶更そうかもしれないが。
この村を一種の宗教社会と考えると結構合点がいく。
いや、そもそも社会が一つの宗教社会と言ってもいいだろう。
その社会での価値観というものが正義であって多かれ少なかれ個人の価値観はその社会で許された範囲内でしか持ってはならない。
カルト教団のような洗脳手法が何も特別ではなく、どこの社会でも多かれ少なかれその社会で是とされる価値観や常識、道徳、などを子供の頃から刷り込まれているのだ。
そうすると、自分たちの社会とまったく違った価値観を持つ社会に出会ったとき、人は果たしてどのような行動をとるのだろうか。
まったく違和感なく受け入れてしまうような人も当然いるだろう。
考えてみたら世はまさにグローバル社会で、多様な文化、価値観を受け入れるのが是とされている。
確かに自分と違った価値観を排除しまくるのはよろしくないと、なんとなくだが感じる。そういった意味では私のような一円にもならない独りよがりの腐った自我に取りつかれているような人間よりもなんでも素直に受け入れてしまう人間のほうがいいのかもしれない。
なんせ、信じる者は救われると言うではないか。

 

さて、この村では生命のサイクルを終えると公衆の面前で飛び降り自殺をするのが昔からの風習である。これを目の当たりにした何もしらない旅行者たちのリアクションが興味深い。ある者は信じられない、異常だなどと叫ぶが、主人公のメンヘラ気味のダニーちゃんはなんだか美しいものを見たような、心ここにあらずのような表情をしている。
かよわき子羊決定の瞬間であった(笑)
最近は老害などと叫ぶ若者が多いが、老人は醜態をさらすことなく自ら喜んで死ぬこの村の風習を見てどう思うだろうか。
主人公のダニーは飛び降り自殺を見てすぐに村を出ようとするほど受け入れられないもののようだったが・・・
ダニーの恋人が言う、彼らにとっては老人を施設にいれるほうが耐えられないことなのかもしれない、慣れないと・・・
今まで受け入れられなかったものもちょっと視点を変えるだけで全く違って見えてくる。
世界にはいまだにびっくりするような風習が残っている国がある。
傍からみるとまったく受け入れられない風習でもちょっと見方を変えるだけであなたもすぐに受け入れられるはず。
なんつって
※追記
やはり聖書は偉大なり
信じる者が救われた・・・ある意味

AI崩壊の評価の高さに日本映画の限界を見た


ネットカフェでやっていたので期待を持ってみました。
さぞかしレビューは評価が低いだろうと思っていましたが、アマゾンでは結構評価が高くてビビりました(笑)
恐らく日本映画が日本映画たる所以はやはり日本人の観客がそうさせているのでしょう。日本人には日本人にうけるようなものを作らないと日本映画としてはなりたたないのかもしれません。
○あいかわらずセリフがぼそぼそと聞き取りにくいことが多すぎる。
○10年後であっても警察があっさりと犯人を射殺することはありえないだろう。
そういった分かりやすい批判は置いておき、まさに日本映画っぽいなと思われる細かい点を少し紹介しよう。
○氷点下と思われる室内で吐く息が白くならないし、寒がりもしない
○犯人を射殺するのはいいとして射殺後に傍にいるもう一人の犯人に対して警察のアクションが何もない
ご都合主義なところは目を瞑るとしても結局細かいところでもなんとなく腑に落ちない点が多すぎるのが日本映画の典型でしょうか。
とにかく人間がその場にいてどう行動するかを表現する前にストーリーを追っかけているのでそうなってしまうんだということをこの映画を見て改めて思いました。
それと大沢たかおさんの走り方が結構ダサかったです(笑)
でも、難しい事を考えずにみたら結構たのしめるはず。たぶん。