月別:2018年01月
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敢えて、最近日本語の使い方がおかしくなっているとは言わずに、私の理解力が足りないという表現を使いますが、日本語の文章が非常に分かりにくいです。
これは何も一般の方のSNSなどの投稿に限った話ではなく各ニュースサイトやテレビでのアナウンサーの話す文章でも似たようなものです。
そもそも日本語は「てにをは」などの使い方ひとつで意味が変わってくるという恐ろしい言語です。
逆にいうと助詞の使い方次第で相手になんとでも解釈させることができるので、自分の発言に対して反論してきた相手に対してそうではなくてこういう意味だよ、バーカという後出しジャンケンのようなこともできます。

日常会話では文法を間違っても意味が通じればいいですし、会話しているので直接確認訂正ができますので特に問題ないかもしれません。
しかし、文章だとかなりめんどうなことになりますね。LINEみたいなチャット形式だと早く文章を打つために簡略化された文章が多いですが、会話形式であるがためにそういう意味ではまだいい方かもしれません。
ただ、こういったブログ形式のような媒体の場合、意思の疎通にタイムラグがあるので真意ではない意味でとらえられると修正訂正ができない、できても時間がかかる、できたとしても間違った意味をくみ取った人がまたこのブログに訪問することがなければ意味をなさないわけで、そういう意味では一方通行ともいえますよね。

なぜ日本語の理解力が足りなくなっているのか考えてみたところ、そもそも日本語という言葉自体が非常にあいまいな表現を使う言語であるということが言えるのかなと思います。
日本語は主語がなくても通じる言葉ですが、この点から英語などと違って日本語は非論理的であるとか、これから派生して日本人は非論理的であるなどと議論されているようです。
確かに英語を勉強し始めると日本語とは根本的に違っていて漠然と英語のほうが論理的っぽいなとは思っていました。それは単に英語を勉強する勉強方法が論理的に感じるからだ(なぜこういう表現を使うかなど日本語は勉強しなくてもいいですし)とも思っていました。

たとえば目の前にいる人を見て「愛してるよ」と言えばそれは日本人的感覚で言えばその目の前の人を愛しているというふうに誰もが捉えるでしょうが、愛してるよという日本語を英語に直訳することさえ本来難しいのではないかと思うわけです。
なぜなら、英語で表現する場合は誰が誰を愛しているのか明確に表現しなければならないわけで、そうなると、愛してるよと言った本人に今一度直接聞いてみないと文章として表現するのに悩むのではないかと(もしかすると色々表現があるかもしれませんが)。これは別に論理的とか非論理的とかいう話とはまた別の話しかもしれませんが。

しかし、これが目の前にいる人ではなく文章だとどうでしょうか。
愛してるよ だけだとまったく意味不明ですよね。前後の文脈から推論するほかないわけですが、問題はそれで日本人の間では通用しているという点だと思います。
誰が誰を愛しているかはっきりと書かなくてもその点を指摘したり批判をする人があまりいなくて、むしろ前後の文脈から察しろよ、と逆に理解できない人を馬鹿にする人が多いのではないかとさえ思います。
この察するということが日本の社会あるいは文化では必要で、それこそ言わなくても分かる、敢えて言わない、それで通じてしまうという点が日本語の根本にあるのではないかとさえ思います。
この事は相手が同じ環境で生きてきた人間同士であればそれでいいのかもしれませんが、別の国、別の文化で生活してきた人間だと解釈の仕方が違ってくる可能性があるわけです。
外国人は正確に言わないと相手の言いたいことが理解できないというよりは、相手の言いたいことをこちら側で勝手に解釈しないようにしているとも言えるのかもしれません。それは別の国や別の文化、民族など日本よりも多様性のある国で生活してきた人たちのいわば防衛手段、生活の知恵とも言うべきものかもしれません。
アメリカ人は交通事故を起こしても絶対に謝らない、と言われるのは何も自分は絶対悪くないと思っているわけではなく謝ることによって相手に都合よく解釈されることを防ぐという意味あいも強いでしょう。

従って、相手に対して自分の真意を正確に伝える、あるいは伝えるように強制しているようなものが英語であってその意味で正確に文章を構築する必要があり、日本語は逆に正確に文章を構築しなくてもその場の状況などで相手が察してくれる度合いが高いのでより柔軟に対応できる、喋ることができる言語であると言えるのかもしれません。
日本語は漢字や平仮名、カタカナ、尊敬語や謙譲語、など様々な表現があり一見すると外国人が使いこなすには難しそうですが、こういう観点からみると意外に柔軟性が高くて受け入れやすい言語なのかもしれません。

文章を構築する際に相手にきちんと真意を伝えようと心がけなくても意味が通じてしまうのが日本語である、と言えるかもしれません。しかし、日本人のモノの考え方自体が多様化し、またSNSの普及によって簡潔な文章が多くなった現代ではそこまで言わなくても分かるだろうという感覚ではもはや通用しないのかもしれませんね。
投稿されている文章を見て分かったつもりになっていたら真意は別のところにあった、それは貴方の読解力、理解力が足りないせいだけではないのかもしれません。

日本人は諸外国に比べて極端に現金払いが多いそうです。海外ではクレジットカードや電子マネーが既に主流で現金払いが少ないとのこと。
なぜ日本人は現金払いが多いのか様々な考察がされていましたがどれもピンと来ません。
そもそも現金払いにしか対応していないお店も結構ありますが、私はクレジットカードが使えるところでは必ずクレカを使って支払います。
現金を出す手間が省けて時間が短縮できます。
何よりもクレカ払いにするとポイントが貯まるので一石二鳥なのに、クレジットカードを持っているのになぜクレカ払いにしない人がいるのか疑問でした。
以前母親にクレジットカードで払えば時間も早いしポイントも貯まるからクレジットカードで支払えば?と水を向けてみたところ(母親はクレカを持っています)「手数料とか、かかるやろ?」と言われて改めて金利手数料を調べ直したことがありました(笑)
クレジットカードを使うと確かにお店側はクレジットカード会社に莫大な手数料を支払わなければいけませんが(アメックスで5%程度)利用者は一括払いにすれば勿論金利手数料は無料です。
昔はお店によってはクレカ払いの客に手数料を負担させるようなところも多かったのでそういった印象を持っている特に年配の方は多いかもしれません。
また、ネット上でクレジットカードを使う事に対する根強い抵抗感もあるでしょう。
日本は海外に比べて現金を持ち歩くということ自体の危険性が少ないというのが一番あるような気がします。クレジットカードを使いたくない、というよりは現金で事足りるということでしょう。
また、クレジットカード自体が使えないお店も結構ある、ということもあるでしょう。
さらに言えば、数百円のお買い物でクレジットカードを使うという事自体に抵抗感があるように思います。わずか数百円のお買い物にクレジットカードで支払うって、もしかしてお金ないのかしら?と思われてる?みたいな。
クレジットカードで支払う=現金がないから→もしかして金欠?みたいなこと思う人がいまだにいます。実際「コンビニ」+「クレカ」+「恥ずかしい」のワードで検索されて訪問される方がかなりいます。

日本人の習性としてクレカ=借金という発想からなかなか抜け出せていないということかもしれません。決済手段として見た時はやはりクレジットカードは今のところ最強だと思いますが、デビットカードも最近はかなり使えるようになりました。

いずれにしても現金払いが多いのは現金が気軽に持ち歩ける環境であることが一番大きいように思います。
コンビニなんかのATMでも簡単に無料で現金引き出せたりする日本とは違って海外だと銀行口座を持つだけでも手数料かかるらしいですし、現金だと落としたり、盗まれたりしたらどうしようもないです。日本だとその点格段に治安はいいわけで現金を持ち歩く不安ってそんなにないでしょう。(子供の頃街に遊びに行くとカツアゲ防止にお金を靴下とかにかくしてましたけど笑)
海外の人のブログなんかで日本人はなぜレジで行列してるのに現金払いなんだ?みたいなのを見かけますが、元々それが当たり前なので電子マネーやクレジットカードを使ってレジ待ちの時間を短縮させようという発想はないのでしょう。そもそも自分がクレカ払いにして時間短縮しても他の人がクレカ払いなどにしてくれないとレジ待ちの時間短縮にはならないですし。
一度キャッシュレスの便利さを味わうと現金払いなんかしてられませんけどね。
ただ、電子マネーをレジでチャージされると結局時間がかかるんでやめて欲しいですけど(笑)

日本人は働きすぎだとよく言われていますが果たしてそうでしょうか?
長時間労働の是正へ「特別チーム」 厚労省、全国に設置

多分ですけどなぜ長時間労働になっているのか根本的な問題解決ではなく、長時間労働の企業には罰則を設けたり、逆に労働時間を減らしたり、休暇を多くとらせたりしたら補助金あげます的なことでお茶を濁すのではないかと予想。

欧米では仕事に人をつけるが日本では人に仕事をつけるなどもよく言われることですが、これも長時間労働の一端であるとも言われます。
日本は労働生産性が低い、ということもよく言われますがそもそも労働生産性とはなんなのか?明確な定義を言える人はすくないでしょう。労働生産性が低いと言われていると効率が悪いとか、サボっているとか漠然としたイメージが先行していますが果たしてそうでしょうか?
日本人は働き過ぎだからもっと休んだほうがいいともよく言われますが、公的な休日の数で言えば日本は諸外国と比べて決して少なくはありません。祝日を増やすことによって表面上は休日が増えてはいますが、日本はサービス業が比較的多い国ですから果たして祝日を増やして労働時間の削減に寄与するかと言われれば甚だ疑問です。
周りが全部休みだと実質的に仕事にならないので休まざるを得ず、しかしながら仕事自体は減ってはいないのでその分平日の仕事量が増えて残業が増えるとまったく意味がなくなりますし。
欧米のように1か月も2か月も長期休暇をとれる日本の企業はまずないかもしれませんが、ゴールデンウィークに正月休み、お盆休みもありますし、全部足すと1か月くらいになりそうな勢いですが。
ある意味休みたくないのに休まされていることもあろうかと思います。自分の都合のいい時に休める、休みたい時に休んで、働く時は目一杯働ける様な環境が理想かもしれませんが日本の場合は少なくともそのような環境にはなっていないと言えるでしょう。
過労死が国際共通語になっているらしいですが、実は欧米でも過労死が問題になっているという指摘もあります。
もうなにが真実で何が言いたいのか分からなくなってきましたが(笑)

さて、違法な長時間労働を摘発することで問題の解決になるのでしょうか。これは合法的な長時間労働であればいくらでもやっていいことになりかねませんが、政府は長時間労働をなんのために是正しようとしているのでしょうか?

今日は雪の影響でお休みのところも多いようですね。上の階の住人もお休みのようです。トイレで小便するぼとぼと音が聞こえてました(笑)
雪の影響と言ってもここは九州ですけど(笑)予報では午後から雪が降るかもということでした。
これから降るとなると明日も休みということなんでしょうか。
もし、テレビで東京の大雪を見て今日の休みを決定した九州の会社があるとしたらそんな会社潰れちゃうんじゃないかと思いました(笑)

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