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本日、3つの取調室が放送される。これはあの埼玉愛犬家連続殺人事件を題材にしているようだ。
実録犯罪ものである。アメリカの実録犯罪ものは取り調べや法廷のシーンも録画されているので見ごたえがあるがさて本作はどうだろうか?
実はこの埼玉愛犬家連続殺人事件は以前映画にもなっている。

「冷たい熱帯魚」 監督 園子温


冷たい熱帯魚 [DVD]/Happinet(SB)(D)

この映画はあの埼玉愛犬家連続殺人事件の共犯者の手記がもとになっているらしく

映画がかなり面白くてあわせて共犯者の本も読んでみたことがありました。


以下、この埼玉愛犬家連続殺人事件の共犯者とされている人の手記を踏まえて、実際のところのこの事件はどんなものだったのかちょっと記事を書いてみようと思います。

関連の実録本は合計3冊が書籍化されているようですが、既に絶版でアマゾンではプレミアついてたりしていて買えず(そこまでして買いたくない(笑))

しかしなんと図書館においてあったのでした(笑)

悪魔を憐れむ歌/幻冬舎

この事件のこと知らない人は埼玉愛犬家連続殺人事件


ざっくり説明すると
あくどい商売をやっているペットショップ経営者が、クレームを言ってくるような(クレーム言うのは当たり前ですが)客は殺しちゃうという、なんとも単純な話のように見えますが、その殺し方とか、あるいはボディを透明にすればいいとかいって証拠隠滅を図るやり方とか、あるいはこのペットショップ経営者の生きざまなどまで含めるとなんとも興味深い事件なのです。

映画と本を読んだ感想をざっくり言うと


映画では冴えない気の弱い、人生になんの希望もないような中年のおっさんがひょんなことから事件に巻き込まれていくように描かれていますが(要するに本を書いた共犯者ですね)、

本を読んだ印象では、ちょっとした金儲けの話を聞きつけたチンピラが、想像以上のドえらいワルに翻弄され、それでも少し利用してやろうとしてたらドツボにはまっていったという感じでした。


本はどちらかというと被害者意識で書かれているようで

本にはまったく感情移入できませんでした。


尼崎や北九州の悲惨さ、陰湿さ、得体の知れない恐怖感と話を聞いたあとの欝感に比べると

この本の読後感は別な気分の悪さというものがあります。


そもそもこの共犯者は会ったばかりの胡散臭い頭の禿げた歯の抜けた親父の羽振りの良さと口車に乗せられ、月50万でその会社の役員になってしまうことから歯車が狂いはじめます。


映画では娘が万引きして、それがきっかけみたいに描かれていますが

恐らく監督の園子音氏は月50万の役員報酬に引かれる共犯者では観ている者の共感を得られないと思ったのでしょう。まったくその通りだと思う。


映画では確か翌日くらいにはいきなり目の前で人が死んでいく様を見せ付けられ、さらに今まで人のいいおじさんだった主犯役のでんでん氏の態度が豹変、共犯者役の吹越氏を罵倒します。恐怖心とパニック状態から死体遺棄を手伝う羽目になります。


本のほうでも多少違いはありますが似たような状況であれよあれよというまに死体遺棄を手伝うことになるさまが書かれていました。


お前もこうなりたくなかったら、とか家族の事とか、一通りの脅し文句はありますが、そんなに簡単に死体遺棄を手伝ったりしないだろうと誰しもが思うでしょう。

でも、実際に人が殺されている現場を目の当たりにしてるんでその脅し文句の効果は絶大ではないでしょうか?


本人(共犯者)曰く、

「俺は期待可能性という言葉を知った。

逃げようと思えば逃げれたし、警察にだって駆け込めた。でも逃げようという気は一切なかった。

あの恐怖は体験した者にしか絶対に分からない。

裁判所の安全な椅子に腰掛けて他人に勝手な期待をかけるのも結構だが、俺は知っているつもりだ。関根(主犯)に脅されたら、真っ先にあらゆる可能性を投げ出すのは、むしろそういう連中なんだ。」


確かにそうかもしれませんが、

問題はその状況を切り抜けたあとです。その場でもし命令を拒否されたらそれこそ殺されるかもしれないと思いとりあえず手伝ってなんとかその状況は切り抜ける。

しかし、結局この共犯者はそれから全部で4件だったかの死体遺棄を手伝います。

さらには警察が密かに接触してきたりしても協力しようとしない。逃げようと思えば逃げられる状態にありながらもそうしなかったのは共犯者の言う期待可能性がなかったということなのか?

常に家族が何をされるか分からないという恐怖からそうせざるを得ないということらしい。

とは言え、よくよく共犯者の置かれた状況をみてみると、尼崎や北九州の事件と違い、監禁されたり、家族が拉致されたりとかいう状況ではない。

ましてや逃げ出して連れ戻されたりということもない。

つまり一度も逃げようとさえしていない。

電話1本で呼び出され使い走りにさせられ、死体遺棄を手伝う(この間、本によると約束の役員報酬は一切ナシ)

切迫した状況でもないのに、電話1本で呼び出されて、頭の禿げた(何度もすいません(笑))親父が店の若い従業員の女とラブホにしけこむ為の運転手をしてあげる。もし約束の50万という役員報酬を貰っていなかったとしたら、期待可能性がなかったということでそういう役回りを演じていたということになるでしょう。

尼崎や北九州の事件で感じた、被害者兼共犯にさせられていった人達への感情移入が少なくともこの共犯者にはまったく湧いてこなかった。

映画のほうでは(共犯者は)若いエロい嫁と再婚はしたものの、商売もパッとせず、娘も義母に暴力ふるってたりと家庭はうまくいってない

そんな時に、商売は繁盛し、これまた若いエロい嫁をもつ人のいい、そして人生前向きに楽しんで生きている主犯に出会い

男なら誰しも感じる羨望と嫉妬、そして自分への侮蔑

さらに嫁まで、この胡散臭いおやじに寝取られるというある意味この事件の概要だけしか知らない人が描きそうな妄想が映像化されていて感情移入ができる

で実際はどうかというと

主犯の嫁は不細工らしい(笑)

共犯者は既に離婚しているが彼女はいるもよう、と多少設定は違いますが

映画のほうでは吹越演じる共犯者が最終的にブチ切れます。

実際は、この共犯者、警察から接触されたり、張り込みされても警察に逃げ込むどころか最終的には彼女と逃亡します。

確かに別れたとは言え家族がいて、家族に何されるか分からないという理由で服従してたとしても

既に警察がマークし、主犯の周辺も張り込みされてたり、更にはグルだった暴力団幹部まで殺してるもんだから暴力団からも狙われてたりします(そういう意味ではやはり怖い(笑))。

とはいえ、下手したら自分だって殺されかねない、警察にいつ行くの?今でしょ(笑)

そして最終的に逮捕されます。逮捕されてからの警察、あるいは検察とのやり取りを見てると

この共犯者やはり恐怖心からだけで服従していのではないのじゃないかと思わせます。

映画で描かれる悲しき共犯者ではなく、むしろこの状況を何とか利用してやろうとさえ思ったのではないかと。

主犯には物凄くペコペコしているように書かれていますが、唯一の証拠である(なんせボディが透明なので殺人の証拠がない)共犯者の供述証拠を得ようと警察や検察が下手に出ているのをいいことに、定年間近の担当刑事を呼び捨てにし、検事に対しては無理難題をふっかける。

確かに検事が執行猶予はつけると嘘をついて取引したのかもしれないが、それをネタにタバコ吸わせろ、コーヒーだ、自分の弁当と検事の弁当を交換させる(笑)

しまいには調書に署名する代わりに女を呼べ。

すると本当に女を別室に用意され、この検事出世の為なら何でもやるな、と嘯きながら女と宜しくやったにもかかわらず調書には署名しない(笑)。

どこまでが本当なのかは分かりませんが共犯者の人となりが見えてくる話ではあります。

出世の為に土下座までするような検事と主犯を比べたりするんですが

家族のためとは言え、死体遺棄を手伝ったことにより事件の発覚を遅れさせ、結果としてそれから3人の人が死んだ責任に対する反省の言葉や、自己嫌悪の感情は本からはまったく感じる事ができない。

この共犯者に対して感情移入が出来なかったのは、味方のように接してくれていた刑事(多分それも作戦でしょうが)の言葉に集約されているのではないか。

「お前は殺しの片棒を担いだんだ。四件も死体遺棄やって執行猶予なんかつきっこねえんだよ。

不起訴だと?笑わせるな。関根に脅されて仕方なくやりましたと言って世間が納得すると思ってんのか。

お前は何かって言うと自分の気持ちばかり言う。ふた言目には、俺、俺、俺、そればっかりじゃねえか。関根に殺された奴の気持ちはどうなる。」

主犯の嫁も共謀ってことで死刑みたいですけど、冤罪を主張しています。

死体遺棄はやったけど殺人は知らないと。

死体はは全て解体してボディは透明になってるんで証拠らしい証拠がない中

唯一の証拠であるこの共犯者の供述が証拠になって嫁は死刑らしいです。

つまり検察と共犯が取引したんじゃないかということらしいですが。

最高検の岩橋義明公判部長と埼玉愛犬家連続殺人事件

実際、取引してますが(笑)さらに死体遺棄四件で3年で出所らしいです(笑)

共犯者の供述証拠のみで有罪に出来るという刑事訴訟法の規定はやっぱりおかしいんじゃないかということを改めて思わされましたが。

そういえば伊勢谷友介氏がサイコパスではないか?みたいに言われていますが、この埼玉愛犬家連続殺人事件の主犯も完全にサイコパスでしょう。もはや怪物、化け物です。そして世の中こんな化け物が大手を振って通りを歩いている。歩いているだけではなく、むしろいい車を持ちいい家に住み、いい女を嫁に貰っているかもしれない。法に触れるようなことをやらかすサイコパスは雑魚で法に触れず世の中をうまく立ち回るサイコパスは恐らくごまんといるだろう。


この映画、賛否両論あるようで、確かにそう頷ける。
様々な考察がなされているようだが私がそんなことをしても誰もどうせ読まないから意味はない。
私はこの映画を見て白を基調として美しいなどと感じたことはまったくなかった。
最初から気持ち悪さしかなかった。
主人公のダニーもそうだし、演出方法もあざとさ全開。
あの村を最初に見た時もなんだか気持ち悪い。違和感。
ここまで事前情報なし。あまりにも感じた違和感を解消するために検索をしてみた。
ま、そもそも人間社会自体に違和感を感じているから猶更そうかもしれないが。
この村を一種の宗教社会と考えると結構合点がいく。
いや、そもそも社会が一つの宗教社会と言ってもいいだろう。
その社会での価値観というものが正義であって多かれ少なかれ個人の価値観はその社会で許された範囲内でしか持ってはならない。
カルト教団のような洗脳手法が何も特別ではなく、どこの社会でも多かれ少なかれその社会で是とされる価値観や常識、道徳、などを子供の頃から刷り込まれているのだ。
そうすると、自分たちの社会とまったく違った価値観を持つ社会に出会ったとき、人は果たしてどのような行動をとるのだろうか。
まったく違和感なく受け入れてしまうような人も当然いるだろう。
考えてみたら世はまさにグローバル社会で、多様な文化、価値観を受け入れるのが是とされている。
確かに自分と違った価値観を排除しまくるのはよろしくないと、なんとなくだが感じる。そういった意味では私のような一円にもならない独りよがりの腐った自我に取りつかれているような人間よりもなんでも素直に受け入れてしまう人間のほうがいいのかもしれない。
なんせ、信じる者は救われると言うではないか。

 

さて、この村では生命のサイクルを終えると公衆の面前で飛び降り自殺をするのが昔からの風習である。これを目の当たりにした何もしらない旅行者たちのリアクションが興味深い。ある者は信じられない、異常だなどと叫ぶが、主人公のメンヘラ気味のダニーちゃんはなんだか美しいものを見たような、心ここにあらずのような表情をしている。
かよわき子羊決定の瞬間であった(笑)
最近は老害などと叫ぶ若者が多いが、老人は醜態をさらすことなく自ら喜んで死ぬこの村の風習を見てどう思うだろうか。
主人公のダニーは飛び降り自殺を見てすぐに村を出ようとするほど受け入れられないもののようだったが・・・
ダニーの恋人が言う、彼らにとっては老人を施設にいれるほうが耐えられないことなのかもしれない、慣れないと・・・
今まで受け入れられなかったものもちょっと視点を変えるだけで全く違って見えてくる。
世界にはいまだにびっくりするような風習が残っている国がある。
傍からみるとまったく受け入れられない風習でもちょっと見方を変えるだけであなたもすぐに受け入れられるはず。
なんつって
※追記
やはり聖書は偉大なり
信じる者が救われた・・・ある意味


ネットカフェでやっていたので期待を持ってみました。
さぞかしレビューは評価が低いだろうと思っていましたが、アマゾンでは結構評価が高くてビビりました(笑)
恐らく日本映画が日本映画たる所以はやはり日本人の観客がそうさせているのでしょう。日本人には日本人にうけるようなものを作らないと日本映画としてはなりたたないのかもしれません。
○あいかわらずセリフがぼそぼそと聞き取りにくいことが多すぎる。
○10年後であっても警察があっさりと犯人を射殺することはありえないだろう。
そういった分かりやすい批判は置いておき、まさに日本映画っぽいなと思われる細かい点を少し紹介しよう。
○氷点下と思われる室内で吐く息が白くならないし、寒がりもしない
○犯人を射殺するのはいいとして射殺後に傍にいるもう一人の犯人に対して警察のアクションが何もない
ご都合主義なところは目を瞑るとしても結局細かいところでもなんとなく腑に落ちない点が多すぎるのが日本映画の典型でしょうか。
とにかく人間がその場にいてどう行動するかを表現する前にストーリーを追っかけているのでそうなってしまうんだということをこの映画を見て改めて思いました。
それと大沢たかおさんの走り方が結構ダサかったです(笑)
でも、難しい事を考えずにみたら結構たのしめるはず。たぶん。

ついに見ました、無料で。徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑

無料で見れるのはここ

一部にカルト的人気を誇るという本作(一般的な人気があるとカルト的人気とは言わないでしょうけど)。
朝、時代劇を見ていたら(ええ、無職で暇だったんですよ)、演出がとてもよくできていて思わず監督は誰かいなと検索し、本作の存在を知りました。
エログロでカルト的人気がでたのではないことを改めて知りました。

拷問シーンがえげつなさすぎて決して地上波では放送されないであろう本作です。
描写そのものもさることながら、やる事と言うよりは考える事が鬼畜過ぎてようそんなんよう考えられるなとある意味感心させられてしまうに違いありません(笑)

本作2話のオムニバスとなっております。
まず1作目。舞台は長崎。隠れキリシタンへの拷問の数々を描き出すのですが、それだけにとどまらず、長崎奉行の高坂主膳(実在の人物なんでしょうか?)のお遊びが凄い。
隠れキリシタンの女の一人・登世と部下の与力・佐々木伊織と恋仲であることを知るとサディズムをくすぐったのか登世を側室にし毎晩伊織を寝室に呼び寄せて見せつけるがこのシーンがエロい(笑)どんどん堕ちていく様が、快楽に堕ちていくのではなくもはやこの地獄からは逃れられないという絶望にある意味恍惚となっている風にさえ見えてしまうという絶妙な演技。さすがプロの役者さん、そして単なるエロに見せない牧口監督。
なんせ、それまでの高坂主膳のやり口が凄いのである。登世の妹を捕まえてきて棄教を迫る。勿論拷問役は佐々木伊織(笑)登世の目の前で熱く焼けた鉄棒で目を潰されてしまう妹ちゃん・・・
にしてもやり過ぎな演出(笑)高坂主膳はヤモリだかイモリだか生のまま食ってるし、拷問もつまらん飽きたとか言ってもっと楽しませろとかのたまう始末。
本物の蛇が数百匹はいそうなところに女優さん本当に放り込まれてるし(笑)
しかし、それだけにとどまらないのはやはりプロの役者さんの演技だろう。
登世の両親は結局火炙りになってしまい、登世が泣き叫び命乞いをするのだがこのシーンも役者さんの演技が光る。そしてその撮り方、感動的にすら見えてしまう(もしかして俺はド変態なのか(笑))牧口演出、凄すぎます(俺が変態なだけなのか(笑))。
登世と佐々木伊織はいったいどーなってしまうのかぁっ!

さて2作目。今回は多少コメディタッチに描かれています。主役は川谷拓三さんですからこの演出で納得。
と思いきや、どんどんエログロ臭が漂ってきます(笑)舞台は遊郭が中心となっておりますが、奴隷のように働かされる遊女たち。
そこには吉原の花魁がどうとかいう絢爛豪華な面はちーーっともございません。華やかな面ばかりを見せて一般大衆をだまくらかす、現代の芸能界の裏側も程度の差はあれ似たり寄ったりなのかもしれません。
妊娠してしまった遊女を強制堕胎させ、その日のうちから客をとらせるのは当たり前。もはや体がボロボロの遊女、血を吐きながらも客をとります。やっている最中に血を吐いているのに気にもせずやり続ける客も客ですが。
それを知った彼氏(多分)が遊郭から脱出させようとするも案の定捕まってしまいます。
さて、拷問ですよね。単なる拷問じゃございません。アソコをちょん切られてしまうのです!しかも、金も持たずに遊郭で豪遊して、タダ働きをさせられていた川谷拓三扮する捨蔵に切らせます(笑)
この2作目は1作目に比べるとかなりマイルドであまり拷問らしい拷問はありません(1作目で感覚が麻痺した模様)。
最後にのこぎり引きの刑が出てきますが、実際こういう刑があったというのがエゲツナイ(笑)。
鋸挽き

復讐刑としての意味合いも強く、縛り付けた罪人の首に浅く傷をつけ、その血をつけた鋸を近くに置いて、被害者親族や通行人に一回か二回ずつ挽かせ、ゆっくりと死なせる刑罰であり、江戸時代より以前には実際に首を鋸で挽かせていた。

この刑、復活させたほうがいいかもしれませんね。
ちなみに

日本橋の南の広場に、方3尺、深さ2尺5寸の穴晒箱という箱をなかば土中に埋め、箱に罪人を入れ、首だけが地面から出るようにした上で3日間(2晩)見せ物として晒した(穴晒)。その際、罪人の首の左右にタケの鋸と鉄の鋸を立てかけておいたが実際に鋸で首を挽くことはなく、晒した後は市中引き回しをしたうえで磔とした。元禄時代に罪人の横に置かれた鋸を挽く者がおり、慌てた幕府はその後、監視の役人を置くようにしたという。

江戸時代になると形式的な刑になっていたようで、幕府も実際にのこぎりを引くものがいないように監視役を置いていたようです。
実際本作でも3人ほど監視役と思われる者がいますが、夜中居眠りしちゃうんですねえ・・・
鋸引きの刑に処せられた川谷拓三、いったいどうなってしまうのかぁっ!

巨匠と言われる監督は絶対に撮らない作品でしょう。
こんな作品を撮れと言われても不貞腐れることなくむしろ徹底的にグロを追求し、更には自分の演出技術を惜しみなく注ぎ込んでカルト的人気作品にまで昇華させた職人監督牧口雄二に乾杯。