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白人女性のおっぱいがたくさん出てくるドラマということでスパルタカスを見てみました。

給仕をしている女性の奴隷の乳首が透けて見えていたり、剣闘士の闘いを見ている観客の女性がおっぱいもろだしだったり・・・笑 
とにかく女性のおっぱいが堪能できます。さらに、マッチョな剣闘士たちの裸どころかビッグな逸物(勿論モザイクありますが)も拝めますので女性やそのスジの方にも楽しめること請け合い。
気になる女性を一緒にドラマを見ようとか誘って発情させる作品にも持って来いかもしれません(なんのこっちゃ)

さて、本作品、スパルタクスという実在した古代ローマの奴隷の話をもとにしているようです。
見始めるまで知りませんでした(おっぱいが目当てだったからです笑)
スパルタクスは奴隷を率いて反乱を起こしたいわば奴隷の中の奴隷、奴隷のカリスマであります。スパルタクス

我々現代人、特に日本人が持つ奴隷のイメージと言えば鞭でしばかれながら酷使されるイメージでしょうか?

以前奴隷についてちょっと調べたところこのイメージが覆されたことを思い出しました。
覆されるどころか、奴隷ってつまるところ現代の労働者とほぼほぼ変わらなくね・・・


この本に古代ローマの奴隷のことが詳しく書かれているのですが、そもそも奴隷といっても一生奴隷ではなく、ある程度の年月が経ったりすれば一般市民になれるらしいということを初めて知りました。

奴隷であっても結婚できたり
奴隷であっても報酬が貰えたり
奴隷であっても技術や知識を身につけたり

できるわけです。勿論、参政権もなく主人が生殺与奪権をもっていますので奴隷という身分は変わりありませんが。
ただ、鞭をふるって酷使して使い物にならなくなったら補充すればいいというものではなく、奴隷を購入するのにもそれ相応のコストがかかっているので、酷使するよりもうまいこと手なずけて最大限に活用するようにしていたようです。
従って結婚させたりするのも報酬を与えたりするのも道徳的倫理的な発想ではなく、いかに労働生産性をあげるかといういわば奴隷管理上の費用対効果の側面からなわけです。
医者などの専門職も奴隷が担っていたらしく、高級官吏は別として下級役人などの仕事も奴隷が担っていたということです。
奴隷がローマ帝国を支えていたと言っても過言ではありません。

これはまさに現代となんら変わりませんよね。
確かに現代人は奴隷と違い自分の人生を自分で選べる自由があります。こう聞くとまるで自分のやりたい事がなんでもできるような錯覚をしてしまいますが、自分のやりたい事がやれる人がどれくらいいるでしょうか?
自分のつきたい職業につける人はほとんどいないでしょう。
東大などの高学歴者の大部分は親の年収が一般的に高いといった統計もありますね。
勿論、選択する自由があるのと最初からないのとでは雲泥の差があるわけですが、結果としてたいして変わらない。
がんばったら頑張った分だけの対価が得られる社会がいいとは言うものの、能力のある人間ばかりじゃないのも事実。
頑張らなくても最低限の生活が保障されている共産主義より、競争して勝てばより高い報酬が得られるアメリカ的資本主義がいいとは言ってみたものの、サービス残業、低賃金、非正規と正規雇用の格差。セクハラ、パワハラは当たり前。転職しようにも年齢だけで書類選考さえ通らない。
税金が安くなったのは結局金持ちだけで、所得の再分配は滞り、結果として貧富の差は拡大。

現代社会も古代ローマもその社会構造は大して変わらない。
翻って、我々一般市民からすれば共産主義であろうと資本主義であろうと実は大差ないことに気付かされます。
しかし、一般市民ではないお金持ちの方たちにとってみたらどうでしょう?
そりゃあ資本主義を堅持するために手段は選びませんよ。
参政権があっても結局使わない人だってたくさんいるわけですし、自由は制限されても衣食住が保証されてりゃそれでいいって人もたくさんいるでしょう。
とりあえず言う事聞いてりゃお金貰えるんだから黙って言う事聞いておこうか状態を、いろんな理屈をつけて正当化しているどころか美談化していわば洗脳。

さて、ドラマの話はいずこへ・・・笑
物語の序盤は剣闘士養成所でのお話。スパルタカスが意外に弱い笑
剣闘士って猛獣と闘わされたりして、負け=死亡みたいにイメージしていましたが、実際は違うようで、剣闘士を養成するのにもこれまたコストがかかるのでそんな簡単に殺していなかったとか。1年のうちに闘うのは2週間前後で、強い剣闘士はスーパースターで報酬も半端ない。
日本で言えば相撲取り的な感じでしょうか。

ただ、奴隷はやっぱり奴隷に過ぎない。
奴隷という運命を受け入れた、剣闘士養成所でナンバーワンのクリクススは、奴隷という人生の先にある何かに期待しているスパルタカスを毛嫌いします。

あなたがもし奴隷だったら、奴隷として生きていきますか?それともその運命に抗いますか?

本日の映画は獣道

U-NEXTでは540ポイント必要です。

日本がワールドカップで健闘して盛り上がっていますが、これを複雑な心境で見ている人たちもいるでしょう。
同じサッカー選手や、サッカーをやめていった人たち。
もしかすると現日本代表よりうまくて強い人がいるかもしれません。
でも、サッカーがうまいだけでは代表にはなれない、サッカーを続けることができないこともあると思います。
ケガは勿論の事、家庭環境や、経済的理由、また、自分自身の生き方の問題。
憧れを持って手にした居場所でも感じてしまう周りとの違和感。みずからその場所を去っていく人もあるかもしれません。
はたから見るとおかしな生き方であってもそれがその人の本当の居場所なのかもしれませんし、人が羨むような生き方でもその人の本当の居場所ではないこともあるかもしれません。

というのがこの映画を見終わった後の感想でした。

パッケージ画像だけみるとよくありがちな若いころのヤンチャ物語のようですが、系統としては園子音監督が撮りそうな映画という感じです。

他の方のレビューを見るとどこかで見たことのあるような設定というのがありましたが、そういうところからきているのかもしれません。
園子音監督の作品の「愛のむきだし」も実話ベースですし、本作品も実話ベースらしいです。
また、宗教が絡んでいるところも似通っているのでどっかで見たことあるような、という感想を抱くのも当然かもしれません。

しかしながら、私はどっかで見た事あるようなという印象は持ちませんでした。むしろ、よくありがちなヤンキー系の破天荒な話ではなく、一般の人にはあまり目にすることはないが、実はリアルに行われているであろうヤンキー、チンピラ、半ぐれ、ヤクザなどの世界の住人たちのリアルな生態、思考回路が描き出されているような気がします。

例えば
仲間の家に用もないのに集まってシンナーを吸ってラリる。
万引き、カツアゲは当たり前。
○●先輩知ってる?何さん知ってる?が挨拶。
その人より、誰と知り合いかが重要。
自分より弱い相手にはめっぽう強いが自分たちより力のある者には弱い。
ちょっとしたトラブルがなんの計画性もなく殺人にまで発展してしまう。

ヤンキー系の人たちにありがちな仲間との連帯意識は1人でいることの怖さからくるものでしょう。人間一人で生きられないということを実感として知っているのかもしれません。
しかしこの強烈な連帯意識は逆に足かせとなって個人の人生を奪っている側面もあります。
自分の為に体を張ってくれる仲間。そこに帰属していることの安心感。
親からの愛情を感じられずに生きてきた人間は特にそう感じるでしょう。
しかし、これは逆に仲間の為には体を張らなければいけません。自分が望まないことだってする必要がでてくるでしょう。
そうしなければその集団からは排除され、また自分の居場所を求めてさまよわなければいけなくなってしまいます。

従って、その居場所からはなかなか離れていくことができず、逆に離れていくものが出ると異常なまでの敵対心を持ってしまう。
それは自分たちは地獄のような世界にいるのになんでお前だけがまっとうな明るい道を歩くのだという嫉妬、妬みなのかもしれません。

このように見てくるとなんとなく新興宗教とアウトローの世界になにやら共通点があるようにも見えてきます。

さて、主人公の愛衣(伊藤沙莉)宗教マニアの母から生まなきゃよかったとネグレクトを受けて幼いころから7年もの間新興宗教の施設に預けられ、世間とは隔絶した世界で生きてきました。しかもそこではアナンダという特別な存在としてむしろ今までの人生では味わったことのない平穏な生活を営んでいたのです。このことは後の彼女の人格形成、生き方にも大きな影響を及ぼしていることが後に分かってきます。

しかし、教祖が逮捕され突然その夢のような生活が終わり人生で初めて学校に通います。
そのクラスの同級生、亮太(須賀健太)との話を軸にし、亮太の目線から映画は展開していきます。

彼氏を寝取ったとして拉致されて山まで連れていかれて生き埋めにされたり(掘り方が浅くて自力で脱出笑)
親切な家で家族同然にして生活していたものの、工場で働かずにキャバクラで働いてることがバレて、路上でいきなりおっぱい見せてお父さんなんだからあたしを好きにしていいんだよと色仕掛けで取り繕ったり(娘のおっぱいを揉む人はお父さんではありません笑)

どこからどこまで実話なのかはさっぱり分かりませんが、ブラックなコメディーのように描かれているので、ある意味ロックな生き様のように見れると思います。

原案は衣緒菜さんで元AV女優の吉瀬リナの体験をベースにしているようです。

最終的にはAV女優になり、サイン会でファンに救われたとまで言わしめるほどの存在にまでなります。

恵まれない家庭に育ってAV女優にまで転落した人生とみるか?AV女優として成功したとみるか?
それはあなたしだいです!

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園子音監督の愛のむきだしを見ました。 勿論無料で 無料はここ
この映画、最初めっちゃくちゃです 笑 画像の上のほうも満島ひかりさんかと思っちゃいましたが、西島隆弘さんでした。
ただ、西島隆弘さんと満島ひかりさんの演技に一気に最後まで見てしまいました。面白くない、つまらない、という印象を最初でもつと最後まで見ない私ですが、面白いとか面白くないとか思わせる間もなく見てしまいました。
コメディチックに撮られているのでそういう目線で見た方がいいでしょう。いや、シリアス目線で見る事ができません 笑

園子音監督の映画に「冷たい熱帯魚」というのがありますが、あの映画の熱帯魚屋さんでも若い女の子たちが一種異様な感じで働いていました。
この映画も後半は新興宗教でのお話になるのですが、若い女の子がミニスカート履いてえげつないことをやっています。

前半主人公たちが親から愛のない行為を受ける描写が延々とあり、おかげでなぜか盗撮に精を出すようになってしまう主人公のユウ。ストーカーをされていた女に惚れてしまったのか一緒に暮らし始める神父をやっている父親。しかし、その女もあっさりと家を出ていき、行った先が女をとっかえひっかえするロクでもないオヤジのとこで、その娘が満島ひかり扮するヨーコであります。当然ヨーコもオヤジから犯されそうになります。このあたりから勃起とか変態とか女装とかもうカオスであります。

さて、新興宗教ゼロ教会の策略によって家族丸ごと持って行かれたユウ。後半はヨーコを取り戻すために(父親と女も持って行かれてますがガン無視でヨーコしか眼中にありませんが笑)奔走するのが後半のテーマであります。

ゼロ教会のやっていることが結構細かく描かれていたりして面白いのですが、園子音監督は実際に新興宗教に潜入したらしいです。
当ブログでも何度か洗脳やマインドコントロールの事を書く上で結構勉強しましたが(他の事勉強しなさい)、
洗脳やマインドコントロールの事を調べてみると、結局新興宗教のやっていることはほぼ同じようなことをやっている事に気付かされます。
合宿とかセミナーとか称して外部との連絡を一切とらせずに洗脳していくなどというのは常套手段。
考えてみますと、企業の研修などでも似たようなことやったりしますね。軍隊なんかまさにそうです。部活も似たようなもんかもしれません。たいがい最初に言う事聞けない奴は出ていけとか、やる気ないやつは帰れとか言われますが、ほとんど出て行きませんよね。
それって結局周りの空気に流されているだけなんですが、それは相手の術中にはまっちゃってるんですよね。自ら言う事聞きますと言っているのと同じなわけです。
更には自分の目標を言わせたりとか、紙に書かせられたりします。しかもその目標とやらは主催者が気に入るようなものに誘導されるんですよね。気に食わないこと書いたりすると罵倒されます(笑)
それで何度も書き直しさせられたりしますが、この紙に書くという行為は自分自身で自分を縛っている行為です。人間というものは本当に不思議なもので別に適当に書いとけばいいやと思っても一旦誓約したものを無意識にも意識的にも守ろうとするものです。
営業なんかやったことある人は経験ある人も多いかと思います。
洗脳とは言っても別にオウム真理教みたいに薬使ったり肉体的な懲罰を与えなくてもできるようで、この紙に書く行為というのはその昔、中国共産党でもやられていたとか。仮にその場しのぎで嘘を書いても、第三者は嘘だとは思いません。この嘘を書いた紙を証拠にされて自分の首を絞める事態に陥ってしまうこともあるわけです。あの北九州監禁殺人事件でも使われたとかないとか。
最初の段階で色々と質問したりするような奴は最初っから相手にされず、早々にお引き取りを願うのがこんな団体では常識。そういうまっとうな疑問を持つような輩を相手にするのは時間の無駄。
そういう選別の場でもあるわけです。そもそも参加者が全員サクラだということもあり得ます。
自らのこれまでの過ちや人間的に劣っている点などを人前で暴露させるのも避けて通れない洗脳プログラムの一環であります。
自分がいかにダメな人間なのかを認識させる解凍の段階。
眠らせない事によって判断力を鈍らせる。
質問してもあいまいな解答しかなく、自分の意思で決断しているように見えて実は選択肢が限定されている。
私の言っていることを理解しようとすればするほど理解できなくなります。分かりますか?などどんどん混乱していく思考回路。
こんなことを数日やられようものならあなたは既に正常な判断力がなくなっていることでしょう。

客観的に見ていると、なぜそんなにいとも簡単に信じてしまうのか理解に苦しむのが通常の感覚かも分かりませんが、実はかなりち密に計算されていますので一旦取り込まれてしまうとなかなか逃げる事ができません。

さて、この映画を見てから園子音監督に密着したドキュメンタリー「園子音という生きもの」を見てふと思ったんですが、園子音監督自身も巧妙にマインドコントロール的手法を使っているのかもしれない。
映画監督ってそもそも演技指導とかで演者を罵倒しまくったり、演出方法として精神的に追い詰めたりするのはよくあることですよね。
で、結構自分の作品に出演した主演女優と結構する監督っているわけですが、園子音監督も「冷たい熱帯魚」に出演した神楽坂恵さんと結婚されています。
このドキュメンタリーでも神楽坂恵さんへのインタビューシーンがありますが、当時は相当追い込まれたと吐露されている時の表情が・・・

ちなみにこの映画、実話を元にしているということですが、どこからどこまで実話で創作なのか全く分かりませんでした。

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暇だったので仕方なく見てみようとしたところ最初の導入部分で見る事を決めました。
作品の冒頭でこんなナレーションが入ります。

郵便について考えて欲しい。
自己満足した夢遊病の羊のように当然のものと思い込まず、真剣に考えるんだ。
そうすれば間違いなく郵便はしばし思いをめぐらす価値があるものだと分かるだろう。
教室でメモをまわすように大陸を横断する。地球の裏からクッキーを送ることもできる。
箱に宛名をさっと書き、切手を貼り、投函するだけ。これがうまくいくのは間をつなぐ人々が心を持たない機械のように動いているからだ。
住所を書けばその通りに従う。疑問は持たず、道をそれることもなく、永遠や美しさについて立ち止まって考える事もない、死についても。
自由な意思を声高に主張する者でさえ自分の名前の書かれた箱が届いたらやることは一つだ。
従うのみ。
あなたが悪いのではない。
社会がそうしたのだ。あなたは羊だ。住んでいるのは羊の世界。みんな羊なのだ。
従う事しかできない。
私が手をのばせば誰にでもどこにでも届く。手を伸ばして触れる事が出来る、今すぐ。

全米を震撼させた爆弾魔とFBIの遅咲きプロファイラーとの闘いときくとある意味よくある話っぽそうで食指が沸かないかもしれませんね(私の事でしたが)。まったく事前知識がなかったのですが、ユナボマーという名前だけはしっていました。
冒頭のナレーションはユナボマーの言葉なのか検索してみると(郵便で爆弾を送り付けていた)、「産業社会とその未来」という声明文のようなものがあるようです。
全文を見る事はできませんでしたが趣旨としては似たようなことを言っている感じでしょうか。

主人公のプロファイラー(フィッツ)はサム・ワーシントン。

派手なアクションシーンなどもありません。プロファイラーも華々しい活躍をするのではなく、自分の意見をいったところでまったく相手にされないといった感じで現場の捜査官と分析官との確執などが描かれています。

FBIという巨大な組織の中で這いつくばっているフィッツはあたかも爆弾魔ユナボマーが言う組織や社会のシステムに従うしかない従順な羊のようです。

制作者側の意図としてはそういった視点で描いているのでしょう。それがこの作品を羊たちの沈黙的な作品とは一味違ったものにしているようです。

お約束のプロファイラーと犯人が鉄格子越しに対話するといったシーンもあります。ユナボマー=セオドアカジンスキーもIQが168もある天才らしくフィッツの嫌らしい行動原理(パトロール警官を10年もやっていた)が見透かされていたりします。

見どころとしてはこういった心理の読みあいもそうですが、なんといっても天下のFBIでもある意味杜撰な捜査をやっている点でしょうか。
上司の命令にはとりあえず従っとけ、分析官が現場に口出すなとか、FBIはプロファイリングを重視しているという勝手な思い込みがあったのですがそうでもないようですね。約20年くらいまえの話なので今はどうなのか分かりませんが。
フィッツの意見に従ったものの作戦が失敗し、フィッツはこう言われます。

率直に言おう。
お前はまだまだFBIで働ける。
それは才能があって特別だからではない。
今まで自分に関する問題は、自分が特殊だからと思ってきただろう。
自分がユニークな存在だとな。
だが違う。お前はただのバカだ。お前がここを去ったら我々は他のバカな奴を後任に呼ぶ。
だが誰もお前とそいつの違いなんか気づかない。
(フィッツは内規に違反してまで協力してくれた同僚をあっさりチクったりするちょっとサイコ的なところもあります笑)

さて、フィッツはユナボマーに自分は尊敬しているんだとかのたまいます。これは有罪を認めさせるための方便かと思いきや、どうやら本当にユナボマーに共感している様子。

山奥に引きこもって爆弾作って人を殺すような爆弾魔を尊敬するなんてありえない、と思うのが普通。しかし、ユナボマーが書いたとされる「産業社会とその未来」を少しだけ読んでみると、なるほど、妙に納得できる部分があります。
全文を読むことはできませんでしたが一部要約している記事がありましたのでリンクを貼っておきます。→http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-964.html
この記事にはユナボマーの文章に説得力は全く無いと書かれていますが、私は妙に納得してしまいました 笑

確かに原始時代のほうが一見すると自由のように見えるかもしれませんが、おそらくその時代では集団生活を維持していく上で各個人に役割が与えられていて、もしそれが全うできなければ集団から排除されていたとも考えられます。そういう意味では現代社会のほうが社会にまったく役に立たない人間でも(私の事ですか?)、生活保護もらってでも生きていけますので一概に原始時代のほうがいい、とも言えないような気はします。

ハーバードに飛び級で入学するほどの天才少年がどこをどう間違ったのか53歳になるまで童貞で山奥に引きこもって自給自足の生活をする。(人付き合いが苦手、人の考えている事や感情が分からないと告白していますのでアスペルガーかもしれません)

電気もない山小屋で今までの人生を回想する場面がありますが、ユナボマーことセオドア・カジンスキーはこう思います。
どうしてこうなった・・・(まだ捕まってない時です)
普通の人が愛する家族の為に費やす年月を爆弾づくりに費やしてしまった・・・どうしてこうなった・・・

どうしてこうなった・・・

若いころは不可能なんてなにもない。なんでもできるつもりでいたのに年をとるにつれ、自分の限界を知り、世の中不可能だらけに気付きあきらめが肝心だと知る。
どうしてこうなった・・・恵まれない環境のオッサンだったら誰しも同じ感情を抱いているかもしれません。
そうです。私がユナボマーが書いた産業社会とその未来にシンパシーを感じたのはこのせいだったのかもしれません笑

さて、フィッツは同僚を売り、捜査のために家族をないがしろにし、手柄は横取りされるという結構なお茶目さんです。

しかもユナボマーを追い詰めた捜索令状の根拠が法言語学による証拠であり、物的証拠でない点で令状の無効を申し立てられてしまいます。
序盤の話しの中心はこの言語解析で進みます。当時はまったく信ぴょう性のないものであったようですが差し詰め今ならAIによる解析でしょうか。
法言語学とか比較言語学がどんなに信頼のおけるものであったとしても、それだけで捜索令状が発布されてしまうのはやはり怖い気もしますね。心理学的に共通性があるから逮捕状発付されるとかどうでしょう?

現実のユナボマーは司法取引で有罪を認めて終身刑になったとウィキペディアには書かれていますが、この作品では事実かどうかは別にして単なる司法取引ではなかったとして描かれています。

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