タグ:レビュー
ホームPage 1 / 41234

本日の動画は「すじぼり」
ネットカフェでやってました。

原作は福澤徹三 さん。以前テレビでムロツヨシさん主演でやっていた「Iターン」が結構面白くて今回も期待を持ってみました。
あらすじ的にはごく普通の若者がひょんなことからヤクザの組に出入りするようになって様々な事に巻き込まれていくお話ですが、Vシネマのようにその世界でとんとん拍子に成り上がっていくようなお話ではありません。
逆に泥臭く血なまぐさい暴力に支配された世界にはその世界にふさわしい住人がいるのだという事に気付かされながらもなぜかその世界に魅力を感じてしまうような、なかなか見ごたえのある作品となっています。
なかでも視聴者も少なからず共感できるようなシーンがあります。
刑事が組長に対して人間以下のヤー公が、と罵倒するのですが、高橋和也扮する組長が組員たちが見てる前でひとつ演説めいたものを披露します。

「ヤクザが鉄砲玉を仕込む時は若いもんを痛めつけて人間らしさを叩き潰す
政治家や金持ちもやってることは一緒だ
権力者の一族がふんぞりかえって面白おかしく生きる為に貧乏人をガキの頃からしばきあげて社会のために目を閉じて耳をふさいで真面目に誠実に生きろ
それでさらに貧乏になって黙って死ねと
まったくうまくやりやがる
周りを見ろ、人間らしさを根こそぎ奪われてる」
「健気なツラに蹴りをいれられて
それでも顔のある大切さがわかりました、ありがとうございますと
にこにこ笑って頭下げるようなそんな白痴どもで溢れかえってやがる
白痴で奴隷!救いようがねえ
この国に生きるしあわせは奴隷のしあわせなんだ」

 

確かに。
なぜ共産主義は悪で資本主義は善なのか?
頑張ったものが報われる能力主義社会は本当にいい社会なのか?
以前こんな記事を書きましたが現代の労働者を古代ローマの奴隷に当てはめてみたら何の違和感もなかった
考えてみたらもし共産主義になったら一番困るのは誰かと言えば、そりゃお金持ち連中ですよね(笑)
最下層の底辺に巣くう私みたいな人間は生活をするという面ではどうでしょうか?
もちろん旧ソ連のように物が不足したりして社会全体が貧乏人なってしまうとどちらにしろ影響はあるでしょうが、それは共産主義自体がよくないというより一党独裁などの政治体制がよくなかったとみるべきかもしれません。

「全員死刑」や「獣道」でも感じましたが、最近の一部の若者やそのスジの人間の無軌道な残虐さ、凶暴性がよく描けているのだろうと思います。
半グレが公衆の面前で金属バットで人を襲う、などということをやらかしたせいでしょうか、映画やドラマでこういうありそうもないような事が描かれても決して作り事ではないという妙なリアリティを感じてしまいますね。
例えばアメリカ映画で銃撃戦を描いてもまったく違和感ないけど日本映画だと全然リアリティはないわけで、でも銃撃戦を描かなければ日本映画だってそれなりのリアリティを持って観客は見れるという、いいのか悪いのかよく分からない。そんなよく分からない世の中になってしまいましたね。
なんつって


また事前情報なく見てみました。
見る前のイメージ:警官にあこがれるちょっと頭の弱いダサいでぶっちょの白人が、警官になれずに世間への不満などもあいまって爆弾つくって爆発させちゃうという、ある意味よくある話
見た後の感想:これが実話だとしたらFBIも相当お粗末な組織だな。

 

マンハントの記事でも書きましたが、FBIって意外に大した事ないかもしれません。日本の東京地検特捜部と同じで、自分たちが描いたシナリオ通りに犯罪者を作り上げている面が相当ありそうだ。

 

端的なあらすじは爆弾を発見した第一発見者に容疑がかけられて、その無実を晴らすお話ということになる。
この映画のうまいところは、容疑をかけられるべくしてかけられてしまう、ダサすぎる主人公を丹念に描いている点だろう。
従って、事前情報がなくたまたま見た人は、こいつが犯人でもまったくおかしくなさそうと思ってしまうだろう。
もう一つこの映画の批評で多いのはFBIから情報をリークする為に体を使った女性記者の件である。この女性記者は実在するものの、実際に体を使って色仕掛けで情報を得たという事実は確認できないそうで、この点についてかなり批判されているのが目につく。
そもそも、これは映画なので多少の脚色は仕方ないとも思うのだが、こういうことで女性記者がそういう目で見られてしまうとか、この映画自体が容疑者を偏見ででっちあげてしまうことに対しての批判なのに当該女性記者がいつも警察とつるんでいるとかヘビースモーカーだったとかそういった情報でこういうこともあり得るんじゃないかという言わば偏見で描いてしまい矛盾している、などなど。

 

思うに、映画というものは結局見る人がどう感じるかであり、作者の意図なんかどうでもいいと言えばどうでもいい。国語のテストみたいな作者の意図当てゲームではないんだから。
人間、どうしてもイメージや偏見、色眼鏡、いろんな言い方はあれどある種のフィルターをかけて物を見るのは仕方ないことだろう。
だからこそ人を犯罪者として有罪にするためには確たる証拠が必要となる。
しかし、その確たる証拠を集める「法執行機関」の人間が違法スレスレのやり方で行っていたとしたらどうだろう。しかもそれが個人の印象がもとで始まったとしたら。
この映画では一人のFBI捜査官がリチャードジェルに持つ印象で捜査対象として決定づけられたと言っても過言ではないシーンがさらりと描かれている。

 

昨今、アメリカがやたら中国を攻撃しているが、あんたたちも大して変わらないのでは?と思う人が世界中にわんさかいそうである。

「私は伊勢谷友介に暴行された」 東京藝大同窓生が被害告白、広末涼子に声をかけたら…
上記の記事のコメントの上位の方は昔の話を今更持ち出すことに対して否定的な意見が並ぶ。例えばこんな意見

大麻で逮捕されたのは伊勢谷が悪いし、伊勢谷の責任。

でも、逮捕されたり、暴力振るうようなうわさが出てきたとたん、
20年以上も前の話を急に週刊誌に売り込むのはどうなのか。

当時警察に届けるなりしなかったのはなぜなのか。
結局お金が欲しいだけなのではないのか。

至極まっとうで正論。ぐうの音も出ないようなコメントですね。
しかしそれに対する返信コメントを見ると

この話は2012年に文春に伊勢谷のDV疑惑意が報じられた当時にも取り上げられてましたよ
でも当時は話題にならなかっただけ。
大麻で逮捕された今だからこそ、やっぱり本当だったのでは、と改めて信憑性を持って現在また報じられてるのでは。

なるほど、確かに当時は誰も信用していなかったのかもしれません。
とは言え、なぜ警察に通報しなかったのか?って、よっぽどでなければ警察沙汰にしたくない人も多いとは思いますが。

その時は不愉快に思っても、状況を誤解してカッとなっただけだろう、と大人の分別でグッと呑み込んだんだろう。その時に伊勢谷友介を潰していれば、という考えは今だから言えることで、その当時の彼は学内でも手強い人物で忖度された部分はあると思う。

人間そうそう合理的な行動をするわけでもない。

性癖みたいな部分をばらすのはどうかと思うけど、これは事実なら暴行事件なのだから今話しても良いのでは。それに当時訴えたとしても、伊勢谷周辺というよりも広末涼子の周辺の方こそ抑え込もうとしたのでは。20年前の広末涼子の人気は凄かったですよ。

なるほど。

伊勢谷さんの逮捕後に言うのについては妥当な判断と思われる。
当時言ったって事務所やグルであるマスコミにもみ消されるだけだ。(反撃するにはタイミングというものがある)
しかも伊勢谷さんは真偽はともかくとして、半グレと親交があるとネット民や一部の芸能リポーターからも噂されていた人物。なので、伊勢谷さん側からの報復というのを恐れて泣き寝入りというのもあったのだろう。

確かに、警察沙汰にしたくないという理由の一つに後々めんどうなことになるかもしれないってのはありますよね。
特に相手が訳の分からないような人間だと。当時は大学生ですが、いきなり殴りかかるなんて正気の沙汰と思えません。キレたら何するかわからないような人って印象でしょうか。

 
そしてまとめ

警察行けばよかったのにとちらほらあるが
20年前は同級生に殴られたから警察に行くような時代ではなかったよ。

今や、子どもが親に殴られたと通報したら、親が捕まる時代だもんね。
昔で考えればあり得ない。
学内で言っても介入してくれたかどうかレベルだよなぁ。
同級生に殴られて警察に・・・なんて昔は無いな。
理由はかっこ悪いから。

一番説得力のあるコメントは一番下でしょうか(笑)今は知りませんが、昔だったら同級生との喧嘩で大けがしたとかなら別ですが普通警察行かないですよね。
実際骨折してるのは殴りかかったほうだし(笑)

 

これに対してさらにこんな反論が

おまえの周りではな。
すでに暴力は警察が動く時代だったよ。
勿論被害届があれば警察は受理するでしょうが、死人が出ているわけでもない。ましてや学校内の学生同士のいざこざですからね。動くというか捜査するまでもなく加害者も特定されているわけで比較的あっさりと書類送検されて示談成立なら不起訴、不成立なら略式の罰金で終わりでしょう。
なので確かに警察は動くでしょうがコメントの趣旨は「警察に行くような時代ではなかった」ということであり、警察が動くか動かないかを論点にしているわけではありませんね。
いい時代になったのか、それとも昔のほうがよかったのか?
いずれにしろ、人気絶頂の頃の広末涼子と付き合えるなんてこんな羨ましい事はない(笑)

  • テレビ

年末年始にPS4が特典つき(ゲーム2本)で安く手に入るキャンペーンがあったのでPS4を購入し(速攻メルカリ行きですけど)デトロイトというゲームをやってみました。
日本人には作れないのではないかみたいなレビューがありましたが、確かに技術的にともかくストーリー的に日本人には考えつかないかもと思いました。
AI=人工知能をもった人間もどきの行きつく先と言えるような感じですが、人間ってそもそもなんなのか?というそれこそ人類がこれまでもそしてこれからも考え続けるだろう根本的命題が人工知能によって更に現実的問題として直面させられるわけです。
日本人でもそれくらいのこと考えつくのはつくとして、それをゲームにして壮大な物語にまで昇華させるという意味で、これまでゲームの世界をリードしてきた日本では考え付いたとしても逆に作品としてつくって販売しないかもとも思いました(商業的にどうなんだ?売れる作品として作れるか?)。

とは言え、先日NHKでマリオAIのゆくえという、AIを人間の脳にインストールしたら?みたいなドラマをやっていました。
正直あまり期待はしていなかったのですが、テーマがAIなので見てみました。NHKのドラマは秀作が多いですがある意味期待を裏切りこのドラマもかなりの秀作でした。
小難しい事を考えずに見始めても誰しも小難しい事を考えさせられてしまう。
単純な近未来のSF的な話ではなくAIをいかに人間的にするか?いやそもそも人間的ってなんだというまさに人類の根本的なテーマが主軸となり、それを人間ドラマにまで昇華させています。冒頭、日本人にはデトロイトのようなゲームは作れないだろうとほざいてしまったことを撤回させて頂きます。
また、AIをインストされた元警官役の西島秀俊さんが微妙に大根なのがほんとにAIっぽくてハマっていました(失礼)。予想に反してETみたいな展開でおじさん涙がちょちょぎれてしまいました。
最後、コンピューターの中に戻ったマリオが言います。ここはべたつく風もない腹がへることもない、快適だ。だけど隣に誰かがいないと生きている実感がしない。

ひきこもっていると生きている実感なんかまったくないです。要するに棺桶に片足を突っ込んでいる生きる屍なんですよね。
飯食ってくそして寝るだけ。ただ、動物は恐らくそんなことに疑問なんか感じないのかなと思います。色々と余計なことを考えてしまうのが人間らしいといえば人間らしいですが。
そう考えると人間らしさなんか余計だとも思えますが。
そもそも人間に生きる意味なんかないって説からすれば別にひきこもっていようがいまいが、生きる実感があろうがなかろうが別にどうでもいいっちゃいいわけです。

いずれにせよ、多分答えは見つからないですし、仮に見つかったらめっちゃ困るわけです。
これこれこういう理由で貴方は生きていると決まっているとしたら、そのように生きて行かなきゃならないわけで、抽象的ならまだしも物凄く具体的だったらどうでしょう。
例えば、看護師になって人様を救う為に生きているとしたら、看護師にならなきゃいけませんよね。まるで運命が決められている、自分の人生が生まれた時から決まっている、そんな人生ってどうなんだというまた新たな問題が浮上。抽象的に幸せになるためとかだったらまだいいですけど。人間ってなんだかんだでどんな状況でも何かしら疑問を持って行き続けるんじゃないでしょうか。
幸せになるために生きているっていうのもなんだか変ですし、幸せってなんだっけって話ですし。
なんだかんだこの世の中って人間にとって都合よく作られてるなとも思うわけです。
例えば基本的に人を殺すことはもとより自殺することもよくないとされますよね。というか怖くて自殺なんかできないと思いますが。
でも死んでも全然怖くありませんよ~みんな天国行けますよ~とか、死んだらまた別の肉体に転生しますよ~とか、死ぬことはいいことです!みたいになっていることが判明したらみんな嫌な事あったらゲームのリセットボタン押すみたく簡単に死にまくるんじゃないかと思うんです。
そうしたらこの社会って維持できませんよね恐らく。

脚本は誰が書いたのだろうと思って調べてみたら、散歩する侵略者の前川知大さんでした。なるほど。

ホームPage 1 / 41234