99人の壁と日本軍の敗北~多様性とは何か

      2019/06/10

99人の壁というクイズ番組がある。
チャレンジャー1人が自分の得意分野の問題に答えて100万円をゲットできるかというクイズ番組だが、それを99人のブロッカーが阻止していく。
ブロッカーは雑多な人たちであり当該分野の専門家とか得意分野というわけではないが往々にして阻止される。
99人もいれば得意分野ではなくても誰も知らないようなマニアックな問題でも知っている人がいるものである。
いわゆる多様性というものの強みがここにある。
集団や組織としてみたとき、少数精鋭よりも多様性があるほうがやっぱり強いのだろう。
Googleなどの名だたる企業が人を採用するときに多様性をよく持ち出す。
日本はよく単一民族などと言われるが多様性という意味ではどうなのだろうか?
米国などは明らかに多様性のある国というのは分かる。
そう言えば先の大戦で日本軍が敗北した理由の一つにこれに関連したことがよく言われる。
日本軍は兵士を極限まで訓練し神業的な技量をもち、緒戦では優位にたったものの、そのうち米国の物量戦により劣勢にたたされる。
神業的な技量を持たせるには訓練が追いつかず、未熟な兵士を送り込まざるを得ない。
一方米国は技量がそれほどなくても効果のある爆弾の開発やレーダーを実戦に投入し成果をあげ始める。
いわば日本は少数精鋭で挑み、層の薄さからジリ貧になっていくわけだが、こんなことは少し考えれば予想できることである。
多様性とは少し違うように見えるが、一度決まったことがなかなか変えられないのはそもそもそれに反対意見を唱える人自体が少数派だからだろう。それはとりもなおさずその集団に多様性が乏しく集団の考え方が一方向に行きがちだということに他ならない。
また少数精鋭にすればするほど多様性を持たせようとしてもその幅が狭くなることになるし、短期決戦であればいいが長期戦になればなるほどやはり分が悪い。
勿論、軍隊という組織、特に末端の兵士には多様性は必要ないとも言えるかもしれない。
しかし、考え方や意見はともかくとして、体格や技術、知識、経験などやはり多様性があったほうが組織としては強いのではないか。

ここで志願制のほうが強いという意見があるがここでは触れない。

多様性がなく同じような考え方の人間ばかりが大量生産されている国の成長が停滞し始めるのもわからなくはない。

最近昔に比べると比較にならないほど日本には外国人がいるが、単に様々な国の人がいるだけでは多様性があるとは言えないだろう。
果たして日本人はどれくらいその外国人を受け入れて認めているのか?特定の国や特定の宗教で色眼鏡で見ていないか。
日本ではこうだから、こうしなさいと自分の価値観を押し付けていないか?

海外は自己主張が日本より激しく、日本は協調性を重んじるとよく言われるが、自己主張をすることと自分の考えを押し付けることはまったく違う。
自分の考えは持ちつつ、他人の意見も聞く。
それが日本では自分の考えを殺し、周りの意見を優先し、それにとどまらず周りの意見を相手に押し付ける。これが日本流和の精神の負の側面である。周りの意見、みんなこうやっているという得体の知れないものに流されてしまう日本人。




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