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Burn the bridge behind you

日本語もままならないのに英語を勉強するとはこれいかに

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最近NHKの英会話番組を見ていてよく思うのは、英語が喋れない、分からないのはそもそも日本語もうまく使いこなせてないからなんじゃないかと。
自分の言動もそうですが、物凄く曖昧、適当にしゃべってる、書いてるなと。
なので後から自分の書いた記事とか見てみると、何言ってんの?(笑)と思うわけです。
一応意味は通じてるからいいんじゃないかと思う反面、いやもしかすると真意は通じてなかったんじゃないかと思ったりして、もしかするとこれまでの人生そんな感じで結構思い違いをしていたり、誤解を与えていたことが多々あったんじゃないかと思うわけです。

要するにコミュニケーションがとれているようで実はそんなことなかったと。勿論こういうことは表情や行動なども含めた話なので何も日本語だけの問題ではないでしょう。

小学生から国語を学びますが、国語の授業って必要か?とみなさん一度は思った事あるんじゃないかと思います。
漢字とか熟語とか動詞がどうのこうのっていうのは結局のところ日本人同士での円滑なコミュニケーションを行うためのものでもあると思うわけで、ともすると表面的な事を覚えるだけの授業内容になりがちですがこれは実はすごく問題じゃないかと思うわけです。

数学なんかその影響が実はもろにでるんじゃないかと思うのです。私は数学が苦手でしたが(数学だけじゃないだろという話もありますが)そもそも問題が何を言わんとしているのかしっかり把握できてなかったんじゃないかと今更ながら思うわけです。
勿論それは数学出来ないということに変わりないわけですが、数学を解くという前提条件である日本語がよく分かっていない、いや文章を都合よく解釈してたりしてたんじゃないかと思うのです。
日本語での会話自体が曖昧に表現してもその場の雰囲気や前後の脈絡などによって推測して成り立つ部分があって、それはいい面と悪い面があり、各個人でもしかすると違った解釈をしてしまっているかもしれないのにそれで物事が進んでいくという。

そんな感覚で数学の問題を解くと元々数学の公式さえよく分かっていないのに(じゃあダメじゃん笑)問題を変に解釈してたりしたらもはや収拾がつかないという・・・

そして英語を学び始めると、英語ってめっちゃ論理的やん、日本人って論理的じゃないのかもね、みたいになっていくのもある意味分かります。しかし、これは論理的と非論理的とかの問題ではなくて日本語がすごく曖昧な部分によるところが大きいように思います。
論理的に考えなくても文章として成り立つのでそうなるとやっぱり日本人って論理的じゃないじゃんと言ってしまえばそうかもしれませんが。

ただ、確かに日本人同士の会話でよくあるのが、不明確な表現とか言葉を深く突き詰めて問いただそうとすると物凄く嫌がられることです(笑)ほぼほぼ、きちんと相手に分からせてやろうと懇切丁寧に説明しようとする人はいません。めっちゃうざがられます。
だからといってその人が非論理的だとは言えないと思いますが、こういったことから海外の人からみると日本人は非論理的だという印象を受けるそうで、なるほどなと思いました。

英語を勉強することによって、一周まわって日本語を考え直すことになって、結局それはそれでよかったのではないか・・・

あぁ・・・・